彼は藤娘

……彩乃くんから、セルジュに彼女ができたとは聞いてたけど……こんなにも変わるのか?
天使の笑顔を浮かべながら冷たく人をこきおろしていた「死の大天使」だったセルジュは、ピンクのオーラをまとった穏やかな人になっていた。

「セルジュ、めっちゃ幸せ?」
「いや。静稀は忙しくて、今は全然逢えないから。」
「しずき、さんって言うんや。セルジュの頭にお花が咲いてるのが見える気がするよ?」

義人くんがニヤニヤ笑いながらセルジュの肩を抱いた。
「一昨日はじめて、静稀ちゃんの舞台見てきてん。綺麗やったで。な~?」
「ふ~ん?演劇?ダンス?」
「いや、歌劇。」
「え!?セルジュの彼女って、ジェンヌなん!?」

つい大きな声で叫んだら、セルジュが慌てて自分の唇にひとさし指をあてた。
「あ、すみれコード……」
慌てて口をつぐんだけど、私はドキドキしていた。

中学からずっと阪急で通学しているので、電車の中吊りで馴染みのヅカ。
私にとってはかなり憧れの存在。

「いいな~!娘役?何て人?」
「いや、男役。榊高遠(さかきたかとお)くん。」

男役!
ひや~!見たい~!

「俺もまだ遠目でしか見てへんねん。また静稀ちゃんも一緒に集まろう。」
義人くんの誘いに、セルジュは嫌そうな顔をした。

……2人に出逢った頃、彩乃くんも、義人くんが私に馴れ馴れしいって怒ってたっけ。
セルジュの反応が新鮮で、私は義人くんと顔を見合わせて笑った。



しかし、一ヶ月後、笑えない状況になってしまった。
セルジュに頼まれて、彩乃くんは静稀さんに日本舞踊を教えることになった。

……例えば、お家元に来てくれはったなら全然問題なかったのだが……忙しい静稀さんのために、彩乃くんが芦屋のセルジュの家に出稽古する形というのは……正直、きつい。
しかも2週間ほぼ毎日って!

「夜のお稽古に間に合うように帰って来てくれるんよね?お家元に迷惑かけへんようにしてな。」
ついキーキー文句を言ってしまって、ちょっと自己嫌悪に陥る。

「がんばって帰ってくる。」
彩乃くんが上目遣いにそう言うので、私はさらに泣きたくなった。

苛めてるつもりはないのに。
ただ、彩乃くんが教えているお弟子さん達のお稽古の時間の調整がけっこう大変だから……ちょっとでも狂うと、お家元や他の先生がたに助けてもらわなきゃいけなくて……。

「土曜の夜とか、彩乃くんの教えがない日は、セルジュとゆっくり遊んできていいよ?」
気を遣ってそう言ってみたけど、彩乃くんは私を抱き寄せた。
「イケズ言わんといて。俺にはあきと過ごす時間も必要なんやから。」

……イケズ言うたつもりは全くなかったんだけどな。
私は彩乃くんの背中に手を回して、ぎゅっと力を込めた。