彼は藤娘

こういう時、頼りになりそうなのは……義人くん!
私は、慌てて連絡して事情を話した。

『つまり、アメリカのテレビ会社との出演交渉やな?ほなうちの会社が世話になってる弁護士に相談してみるわ。』
「ありがとう。あの、相談料、高い?」
恐る恐る聞いてみると、義人くんはちょっと笑った。

『高いで。でもそれは気にせんでええわ。俺、後援会会長やから。」
……ほんまに……最強の人選やったなあ。



翌春、3月末。
アメリカから撮影クルーとテオさんがやってきた。
……まさしく、テオさんの凱旋。
2月から再びニューヨークに行っていた燈子ちゃんも一緒に帰国した。

テオさんは、お世話になった燈子ちゃんのご両親にお礼とお挨拶をするとともに、燈子ちゃんとの結婚の承諾をもらうつもりだった。
あと3年……燈子ちゃんが大学を卒業したら結婚したかったみたい。

ご両親はあっさりOKを出したのだが、肝心の燈子ちゃんがまさかの拒否。
「勝手に決められても困る。私、師範もらうまで日本舞踊がんばりたいもん。」
……名取じゃあかんにゃ……さらに上の師範なんや。

テオさんは嘆いていたけれど、とりあえずあと3年かけて燈子ちゃんに渡米を促すことと、彩乃くんに早くお免状を出すようお願いしていくらしい。
彩乃くんは困ってたけど、熱心な燈子ちゃんの上達ぶりは認めてるので、何とかしてくれるかもしれない。

「お免状出したら藤木さん、アメリカ行ってしまうって思うと、俺としては出したくないけどな。」
テオさんの番組のために、女形の扮装で「菖蒲浴衣」を舞い終えた彩乃くんが苦笑してそう言った。

「……師匠~~~。」
それを聞いて、燈子ちゃんが涙を浮かべた。

「じゃあさ~、燈子ちゃん、師範とってニューヨークで教えたら?芳澤流ニューヨーク支部。そしたら今後も縁、切れへんで?」

私が思いつきでそう言うと、燈子ちゃんに訳してもらったテオさんがすっかり乗り気になってしまった。
そう言えばテオさんは、ダンサー育成に力を入れたい人だったっけ。

既に有名バレエ団に振付師として呼ばれたらしいけど、燈子ちゃんが日本舞踊を教えられるなら自分でダンスカンパニーを立ち上げてもいいとか言い出してるらしい。

……そしたら、いずれは、燈子ちゃんがニューヨークまで、彩乃くんと私を招待してくれる日が来るかもしれないね。


2回生のゴールデンウィーク。
5月3日、毎年恒例の舞踊会で、彩乃くんは「鷺娘」を舞った

大きなお花をくれたセルジュと義人くんに挨拶に行って、セルジュの変化に気づいた。