彼は藤娘

「普通やん。サラリーマン家庭で育った何のおもしろみもない人間やで。なっちゅんみたくご両親ともお医者様なんてお嬢様とは違うし。」

私はそう言ったけど、奈津菜は肩をすくめた。
「個性と親の職業は関係ないやん。普通の人は生徒会の会長なんかせえへんし、普通は高校生で華道師範の看板なんかもらわへんやろ。……おもしろいおもしろくないは主観によるからノーコメントとして、客観的な事実だけ見ても、あきちゃんは充分『普通じゃない』で。」

奈津菜の言葉に呆気にとられて、思わず遙香と燈子ちゃんを見た。
2人の表情が奈津菜を支持していた。

……いやいやいや。

「普通や、って。生徒会は成り行きやし、師範かてちっちゃい頃からやってたから成り行き……」
「ちっちゃい頃からお茶とお花を習いたがることがそもそも普通じゃないで?」
奈津菜が私の言葉を遮ってそうダメ押しした。

……え~~~~。
ちょっと途方に暮れる。

「でもまあ、あきちゃんが普通じゃなかったから、彩乃くんと出逢えてんろ?ちっちゃい頃。よかったねえ、普通じゃなくて。」
そう締めくくられて、私は何も言えなくなってしまった。

……そもそも、「普通」って何やろう。



3月1日。
私たちの学校は、彩乃くんたちよりも一足早く卒業式を迎えた。
どうせ隣の敷地の大学に通うのだから、いつでも遊びに来れるのだが……やはり感慨深く淋しい。
いつもの、出欠をとらない適当な佐野の朝礼ですら、愛しく感じた。

一応、前生徒会長だった私は、答辞を読み、卒業証書を壇上でいただいた。
中学高校の6年間歌い続けた大好きな校歌もこれで歌いおさめ。

そう思うと涙が止まらなかった。

「じゃ、明日15時集合!ばいば~い!」
私たち4人は明日から5日間、卒業旅行と称して北海道へ行く。
数日前に奈津菜も試験を終え、晴れて自由の身となった。

……まあ、それは彩乃くんたちも同じことなのだが、あちらの卒業式は3月10日なので……その間に行ってしまおうかと。

また明日すぐ逢えると思うと、別れるのも気楽。

まず、遙香が裏門から出るので、廊下で手を振って背中を向けた。
今日はアルバイトはないのだが、上垣さんに最後の制服姿を見せに行くらしい。

奈津菜は、佐野に挨拶に行ったが、相変わらず佐野の周囲は生徒がいっぱい。
結局、職員室で佐野からサイン帳を返してもらうことしかできなかったらしい。

教室に戻ってきた奈津菜は、サイン帳をパラパラめくって……ホロホロと涙をこぼした。
「何!?」
燈子ちゃんと2人で覗き込むと、薄い紙が折って挟んであった。
サイン帳には、意外と達筆な筆文字で大きく「有縁千里」とだけ書かれていた。