彼は藤娘

お家元の秘書的な立場でお手伝いを始めて、はや半年。
正直、嫌なこと、つらいことは枚挙に暇(いとま)ない。

昔からの先生方はやっぱりちょっとイケズだし、あからさまに私自身に反感を抱いてる人たちもいる。
嫌味を言われるとか、連絡事項を伝えてくれない、などは日常茶飯事。
さすがにへこたれそうになることもある。

でも、全ては彩乃くんの時代への下積み。
今は何を言われても、何をされても、我慢。
じっと耐えるしかない。

「いっそ、学生結婚でもええんよ?彩乃さんも18才になってんし、結婚してしもたら?」
な~んて、早くひ孫の欲しいお家元に、さっきもけしかけられた。

「ダメですよ。精神的にも経済的にもまだ自立できてないんですから。」
「かまへんのに。じゃあせめて子どもを先に作ってくれるとうれしいねんけど。」

「順番が違うのは、彩乃くんも私も嫌なんです。」
そう言い張ったけど
「歯がゆいわねえ……若いんだから焦って失敗していいのよ。」
と、お家元はコロコロと笑ってらした。

彩乃くんは一般の会社に就職しない。
たぶん大学生になってもアルバイトもしない。

芳澤流で教えるのと、お家の建設会社を手伝って……いくらのお金が得られるんだろう。
いずれにしても、核家族となることは無理だろう。
彩乃くんのお母さまは、私があの家に入る形で同居すると信じてらっしゃる。

……でも……お家元だけが独居って淋しい……なんてつい考えてしまっている私がいる。
快濶で大らかなのに細やかな気遣いのできる頭のいい女性。
いつの間にか、お家元は私にとって憧れの人になっていた。


「それやったら、内弟子になるか?」
彩乃くんの提案に、私は目をぱちくり。

「私が?彩乃くんが?」
「2人とも。」
……それって……ココで2人で同棲、いや同居するって意味?

「ほんまは、家元はココに住みたいんやけどな、ばあさん1人で住むには広すぎるし不用心やってことでマンション暮らしなんや。」
……あ……2人じゃなくて、3人ね……ちょっと、安堵。

「俺とあきが一緒やったら、家元も安心してココで暮らせるんちゃうか?」
「彩乃くん……大好き……」
思わず私はそう言っていた。

「何や、それ。今さら。」
ぶっきらぼうな言葉だけれど、彩乃くんはまんざらでもない顔をしていた。

今さら、じゃないよ。
彩乃くんが、お家元を気遣ってるの、ほとんど聞いたことなかったもん。
いつも当然のようにお家元に甘えてはるばっかりで。

私はにへら~と笑って、彩乃くんの頬に自分の頬をすりつけた。
「それなら、学生結婚でもいい気がしてきた。」
「あほ。あかん、て。あきはいいけど、俺は大学4年間忙しいはずやから、無理。」
「忙しいからこそ、帰る家が一緒のほうが楽やん?」
別にすぐに結婚したいわけではないのだが、重ねてそう提案してみた。

でも、どうやらそれが彩乃くんのスイッチを入れてしまったらしい。
「そんなけじめのないことは、せん!」
と、言いながら、彩乃くんは再び私を組み敷いた……。