彼は藤娘

「まあねえ……気持ちはわかるけど……お家元はあきちゃんを可愛がってはるみたいやし卑屈にならんとがんばればええんちゃうのん?」

師の言葉に微妙な空気を感じた。
「……先生ご自身は卑屈にならはったんですか?お家元は先生のことも可愛がってはったんでしょ?せやのに、なんで断らはったんですか?」
私は、本題へと踏み込んだ。

「あきちゃん……知ってたん?」
「昨日聞いてん。ごめんなさい。何か、私、無神経な話いっぱいしてきた気がする。」
師は首を振った。
「謝らんでいいんよ。あきちゃんから芳澤流の話聞くのん楽しみやってんから。」
「せんせぇ……。」
うるうると涙が浮かんでくる。

師はため息をついた。
「私はとっくに、うちの主人と結婚して幸せに暮らしてるのに、芳澤流の古参連中はいつまでたっても忘れてくれへんのよね。悲劇のヒロインというか……捨てられた女?」

……あ~……それはわかる気もする。

「せやし断ったんよ。お家元にも……あの人の息子さんにも会いたかったけど、私自身の尊厳を守りたかったん。」

あの人の息子さん、か。
先生、彩乃くんのお父さまのこと、ほんまに好きやってんろうな。
……それもご縁なんだろうけど……切ない……。


翌朝も奈津菜は来なかった。
朝礼でも2時間めの授業でも、佐野は出欠確認をしなかった。

「なっちゅん……学校来れなさそう?」
私がそう聞くと、遙香と燈子ちゃんは顔を見合わせた。
「昨日の感じでは、取り乱してる様子もなかったから、今日は来ると思っててんけど。」
「泣き腫らした目ってわけでもなかったしねえ。」

2人の言葉に少しホッとした。
「ほな、怒ってるんかな?」
私がそう言うと、遙香が微妙な同意を返した。

「そうかもしれんけど……」
ん?けど?
遙香は少し考えて、重い口を開いた。

「途方に暮れてる……違うな、迷ってる?……決めかねてる……そんな風に見えた。」
何を?

「……私、今日、訪ねてみようかな。」
そう言うと、燈子ちゃんは首をかしげた。
「うちらが心配してる気持ちは伝わってるから、なっちゅんの気持ちが定まるのを待ってたほうがいいんちゃうかな。」

「なに?なんか、よくわからんねんけど、佐野、結婚したんやろ?なっちゅん、吹っ切るんじゃないん?あの子、不倫とか全否定やねんし……」
2人の見解が穏やかでない気がして、そう聞いてみた。

ため息をついて燈子ちゃんが言った。
「うん。せやし悩んでるんちゃうかな。自分の主義を曲げても佐野と続けるか。」

はあ!?
「反対!絶対反対!そんなん、しんどいだけやん!」
遙香が苦笑した。

「せやし、あきちゃん、行かんほうがいいって。」
……どういうこと?
奈津菜は佐野に裏切られたのに、まだ続けるの?