彼は藤娘

お稽古が終わったあと、彩乃くんに水を向けてみた。
「海、行かへん?一緒に遠出したいな~。」

彩乃くんは、ばっさり。
「日焼けするやん。」

……するねえ……。
しょんぼりした私に、彩乃くんは困った顔をした。
「お盆ならお稽古も休みやけど……親父の郷里に行くしなあ……あきも来るか?」

私はぶるぶると首を横に振った。
「てか!大文字は~?一緒に行くってゆーてくれたやん……」

彩乃くんは、ハッとした顔になり、それから眉をひそめて申し訳なさそうに言った。
「……ごめん。」
しょんぼりわんこモードの彩乃くんに、それ以上は言えなくて。

「来年は、連れて行ってね。」
と、淋しさを飲み込んだ。


「夏休みってもっとワクワクすることが起こると期待してた。」
生徒会室で秋の文化祭の準備をしながらそうぼやくと、副会長に苦笑された。

「彼氏さんとどこか行かないんですか?」
「行けないのよー。日がないのよー。忙しくて遊んでもらえないのよー。」
私が机に突っ伏してそう嘆くと、議長が半笑いで突っ込んだ。

「えー、でもほぼ毎日会うてるんやろ?いいやん、それで充分やん。」
「会うてゆーても、眺めるだけとか。お茶飲む時間だけとか。人前ではしゃべれへんし、ココよりも裏方に徹してストレス!」
ジタバタしてそう嘆いて、ふと気づいた。

いつもなら、理解を示してくれる燈子ちゃんがいない。
あれ?一緒に来たのに。
どこ行った?トイレ?

キョロキョロしてると、書記の子が気付いてくれた。
「藤木先輩なら、ちょっと席はずす、って出て行かはりましたよ。」

でもこの日、燈子ちゃんは帰って来なかった。
鞄も財布も定期も携帯も置いたまま、燈子ちゃんは姿を消した。
夕方まで待っても連絡がなかったので、燈子ちゃんの自宅に電話を入れて、私が荷物を預かった。

<燈子ちゃんを待ってて遅くなったので今日はそちらに行けません。お稽古がんばってね。>

彩乃くんにそう送信して、私は帰りに燈子ちゃんの家に寄ってみた。
自宅には既に燈子ちゃんから連絡があったらしく、誘拐や失踪といった事件ではなさそうなので安堵した。

「じゃ、帰って来はったら連絡するようお伝えくださいね」
燈子ちゃんのお母さんにそうお願いして辞去した。

燈子ちゃんから連絡があったのは、夜20時過ぎ。
『今日はごめん。心配かけて。』

うまく表現できないけれど、燈子ちゃんの声のトーンがいつもと違う気がした。
「どしたん?しんどかった?」
そう聞いてみると、燈子ちゃんは、ちょっと声を潜めた。

『外人拾った。……行きしに坂のとこに落ちてたの、気づかんかった?』
ガイジン……外国人?

しかし、燈子ちゃん、そんなモノか動物のように……。