彼は藤娘

夏休みに入ってすぐの金曜日、義人くんのお母さまのお招きを受けた。
ほぼ女子会のノリながら、セルジュも彩乃くんも一歩引いて見てくれている。
義人くんは相変わらず完璧なホストっぷりだし……一番居心地が悪そうなのは由未ちゃん。
ただ今回は由未ちゃんのお友達も来てて、2人で楽しんでるようなので、ちょっとホッとした。

美味しいケーキと紅茶でひとはしゃぎしたあと、温泉でまた大騒ぎ。
持参した浴衣に着替えて、夕暮れを待って大櫃川へ。
屋形船を一艘借りて、ゆらゆらと船頭さんに漕いでもらう。
京都の暑い夏でも、ここは別天地のように涼しく心地いい。

「船遊びって優雅ねえ……」
うっとりそういう奈津菜に、燈子ちゃんが苦笑いした。
「……すき焼きの匂いで、優雅半減やけどね。」

確かに!
お母さまの準備してくださったのは、網目模様のサシが鹿子のように美しい近江牛ロース。
超絶に美味しいけど、私は一切れしか食べられなかった。
だって一切れが顔より大きいんだもん。
美味しいから食べたいけれども、元々脂が得意ではないので体が受け付けられない。
隣の彩乃くんが美味しそうにどんどん食べているのを羨ましく眺めていた。

「あきらけいこ、これ、飲むと楽になるよ。」
そう言って、セルジュが回してくれたのは……赤ワイン。
一瞬ためらったけど、諦めてグラスを受け取り口に含んだ。
確かに、楽になる。
てか、めちゃめちゃ美味しいな、これ。

みんなが完全にすき焼きに飽きた頃、ようやく松明を揺らして鵜飼い船が近づいてきた。
「かわいい~!でも、かわいそう~!」
遥香の言う通り、お魚をくわえて川面から上がってくる鵜のかわいいこと。
でも、食べられず吐き出させられちゃう……そういう漁ってわかっててもちょっとかわいそう。

鵜飼船がどこかへ行くと、ドリンクやおやつを満載した売店船が近づいてくる。
すき焼きは残ったままなのに、甘いものは別腹らしく、わらび餅をみんなでいただいた。

下船後は、縁側で花火を楽しんだ。
そのあとお母さまと由未ちゃんたちと別れて、義人くんの部屋に押し掛けての二次会。

「シンプルやねえ。」
燈子ちゃんがキョロキョロ見廻してそう言った。
確かに、ホテルの部屋のように、余計なものがない。

「趣味ないん?」
そう聞くと、義人くんが苦笑した。

「なに?今さら、自己紹介?趣味は、そうやな~、特にないわ。ヒトを喜ばせたり楽しませたりするんは、好きやけど。」
それはよくわかる。
わかるけど……不思議な人。
自分がないとも、卑屈とも、薄っぺらいとも、中身がないとも感じない。
何でもそつなくこなすし、頭もいいと思う。

でも義人くんの心は、意外と空虚で餓(かつ)えてるのかもしれない。