彼は藤娘

高1の三学期、世界史の先生が教科書を完全に離れ、「ルーツ」というアメリカのテレビドラマを見せてくれた。
奴隷船で西アフリカから連れてこられたクンタ・キンテを始祖とする黒人奴隷三代を描いた作品で、涙なしには見られないし、一度見たら人種差別や人間の尊厳について深く考えてしまう。

……まあ、私は主人公の吹き替えをやった声優さんが好きなので感情移入が深かったのだが。

「あ~、あれか。はいはい。けっこうおもしろかったけど、あのせいで世界史が進まんかった。私、受験科目の選択は世界史にするつもりやったのに、むかつくわ~~~!」
遙香がそう言って、握った拳にぷるぷると力を入れた。
……確かに世界史で受験の予定の生徒は怒り狂ってたっけ。

「ほな、『アメイジング・グレイス』は懺悔の歌なん?」

燈子ちゃんにそう聞かれて、私はうーんと首をかしげる。
「懺悔ならまだ共感できると思うねんけどさ。ご都合主義というか、もう既に許されてはるんよね。それが図々しく感じる。えーと、ほら、♪The Lord has promised good to me♪とか。」

私がそう言うと、奈津菜が笑った。
「あきちゃん、そんなこと考えてたら歌えへんやん。」

……そうなのだ。
だから燈子ちゃんに指摘されたように、変な表情になってしまうのだろう。

「さすがあきちゃん。めんどくさ~い。彩乃くんとお似合いやわ。」
遙香にそう言われて笑われてしまった。

……あ、それ、一番堪える。
「あそこまでめんどくさく、ないもん……たぶん……」
私は、温泉にぶくぶくと鼻まで沈んでワニのように逃げた。

「しかし……温泉で朝風呂……いいね~。贅沢やわ~。」
燈子ちゃんが幸せそうに、しみじみとそう言った。

「ほんまやね~。日本酒欲しくなるね~。」
奈津菜が鼻歌まじりにそう言った。

まだ飲むのか!?
……それじゃ、小原庄助さんだよ。

「今日は、早めに辞去しようね?」
思わずそう念押しする。
何か、居心地良すぎる、ここ。
セルジュがしょっちゅう泊まってるっていうのも納得。

1時間以上、キャーキャーワーワー温泉で大はしゃぎした後、ようやく私たちは温泉から上がった。
友達の家に転がりこんで泊めてもらっただけなのに、何だか温泉旅行に来た気分。
体中ポカポカ、心もリフレッシュ&リラックス。

「ありがとうございました~。」
と、居間のお母さまにお礼を言うと、
「お腹、すいてない?この時間やともう朝食じゃなくてランチやね。何が食べたい?」
と聞かれて、さすがに遠慮が先に立って返事できない。

優雅に紅茶を飲んでいたセルジュが、
「鰻(うなぎ)。」
と、主張した。

「朝から鰻……」
慣れないお酒で胃が本調子じゃない燈子ちゃんが絶句した。