彼は藤娘

意味がわからず、私はぼーっとその手を見てしまう。

彩乃くんは、苦笑しながら近づいてきて、
「よい……しょ……」
と、私を抱き上げた。

お姫さまだっこ!?

驚いてあわあわしてると
「暴れると危ない。」
と言われ、慌てて彩乃くんの肩に手を置いた。

ほんの少しの距離だけど、彩乃くんの細腕でまさかこんなことができてしまうとは思わなかった!
私はそっと藤棚のベンチにおろしてもらった。

「……ありがとう。」
とても彩乃くんを直視できない。

風がさわさわと音を立てて、火照った頬を撫でる。
揺れる藤を見て、思い出した。

「ちっちゃい頃の彩乃くんの『藤娘』かわいかったなあ。」
「『藤娘』……な。」

そう言うと彩乃くんは、片手で藤をかつぎ持つふり、もう片方の手で塗笠に手を添えるふりをし、かわゆく首をかしげてポーズした。

「キャー!やってやって!♪いとしと書いて藤の花♪?」
思わずパチパチと拍手をしてしまった。
……夜中に何をやってんだろう……と、頭のどこかでぼんやりそう思ってはみたけど。

♪若むらさきに 十返(とかえ)りの 花をあらわす松の藤浪
 人目せき笠 塗笠しゃんと 振りかかげたる一枝は
 紫深き水道の水に 染めてうれしき由縁(ゆかり)の色に
 いとしと書いて藤の花 
 ええ しょんがいな 裾もほらほら しどけなく♪

小さな声で長唄を唄いながら、彩乃くんがひとさし舞ってくれた。

匂い立つような色気を感じるんだけどなあ。

「私には目の毒なぐらい色気あるねんけど……足りひんの?」

彩乃くんは、私のすぐ隣に座った。
「いや、女舞の時の色気は研究と演技力とで何とでもなるけどな、男として色気が足らんねんて。」
「……でも、男の人を舞うの、今回がはじめてやろ?これからの課題ちゃうん?」
私の言葉に彩乃くんは苦笑した。

「せやな。これからの課題やな。……てゆーか、周りのニヤけた勝手な激励に苛ついててな。幹部の特に男連中が隙あらば祇園とか連れていこうとするのがうざくてうざくて。」

え?

「祇園って、舞妓ちゃんとお座敷遊び?」
「いや、普通に夜のおねーちゃんとこ?」

マジか!?

「おっさんらは、俺をダシにしたいだけやけどな。おばさんらは自分の弟子とか身内を俺に紹介しようと躍起になってるし。」
彩乃くんは、ぐりっと首をこっちに向けて赤い目で私を捉えた。
「俺にはあきしかいいひんのにな。何で諦めてくれへんねんろうな。」
そう言いながら彩乃くんが手を伸ばして、私の髪に、そして頬に触れる。

……私じゃ、経済力も政治力もないから、かな。
彩乃くんの言うおっさん・おばさんたち幹部連中が、全員私利私欲でうごめいているのではないだろう。
純粋に芳澤流の将来を考えたら私では不足と思って当たり前だ。

それがよくわかっているだけに私には何も言えない。