彼は藤娘

明らかに身構えて硬直した彩乃くんの頬に、そっと口づけてみる。

「あきっ!?」
驚く彩乃くんの腕にぎゅーっとしがみついたまま彩乃くんの肩に頭を置いてみた。

カチコチに固まってた彩乃くんの体から、少しずつ緊張がほどけてくのをじっと待つ。

しばらくすると、彩乃くんがため息をついて、口を開いた。

「それも、表現したくなったんか?」
「うん。」
「……ずるいわ、あきばっかり。俺がどれだけ我慢してるか知らんと。」

私は、クスクス笑ってしまった。
「我慢せんでええのに。とっくに彩乃くんのもんやで?私。」

彩乃くんが、空いている右手で私の肩をポンポンと軽く叩いた。
「せやし恐いんや。あきを俺の言いなりにしたくない。衝動で壊してしまいたくない。大事に大事にしたいんや。」

うわっ!
今度は私のほうがたぶん真っ赤になっただろう。
恥ずかしくて、うれしくて……溶けちゃいそう。

そっと彩乃くんから離れて、じりじりと後退して、改めて彩乃くんを見た。

優しい瞳でニコッとほほえまれ、私もうれしくて頬がゆるむ。
ニコニコと笑い合う、それだけで幸せ。

……ま、これで、いっか。

「山の神って、何?」
ふと思い出したので、そう聞いてみる。

「あ~……。」
彩乃くんはちょっと逡巡してから、諦めたように言った。
「怖い奥さん。」




ゴールデンウィークの嵐山は、恐ろしく混雑する。
「絶対!阪急が楽やから。」
義人くんはそう言って、一行を自宅へと誘(いざな)った。
嵐山に行くには自家用車、タクシー、市バス、京都バス、JR山陰線、嵐電(京福電鉄)、そして阪急。
観光シーズンの連休の周辺道路は確かにすごーくこんでいる。

「え~。車じゃないのぉ……。」
着物と草履に慣れてない遙香は、鼻緒ずれができてしまって、かなりつらそうだ。

「遙香、足元だけ交換したげようか?」
……めっちゃ変やけど、背に腹はかえられない。
本気でそう言ったのだけど、オシャレな遙香的にはあり得ない選択らしく冗談と思われたようだ。

嵐山駅から、ついふらふら~っと、渡月橋に近い大堰川沿いに行こうとする。

「今日はそっち行かんとき。遙香の草履、本革やろ?砂利で傷むし、裾も汚れるわ。」
……義人くんにそう言われて、少し遠回りだけれど車道を歩く。

渡月橋を渡り川沿いに上流へ行くと、急に人気がなくなり自然豊かになる。

「こっちから来るの、はじめて。」
遙香が物珍しそうにキョロキョロする。

「遙香らが来るんは、ほとんど夜中やからな。」
私が先月、桜を見に寄せてもらった時は、天竜寺の横の竹の小道から入った……いったい幾つの門があってどれだけ広いんだ?

「は~。桁違いに広いね。小学校の禅宗本山の塔頭の子と同じクラスやったけど、敷地見渡せたもん。」
奈津菜がそう言うと義人くん苦笑していた。