彼は藤娘

まだ左足首は曲げられないので、正座しようとしても不格好だけれど、それでも燈子ちゃんは手をついて彩乃くんに頭を下げた。

「私に日本舞踊を教えてください。彩乃くんのように、踊りたい!」
またしても私の目に涙が浮かぶ。

「俺のように、って、それは図々しいわ。俺、何年打ち込んでると思ってるねんな。」

彩乃くんは手拭いでパタパタと煽ぎながらそう言ったけれども、燈子ちゃんの前に正座してから、私を呼んだ。

「あきー。いるんやろ。かまへんか?」
「うん。燈子ちゃんのやりたいようにしたげてください。……てか、なんで私に聞くん?お家元に聞かんでええの?」

涙を拭いて、のれんから顔を出してそう聞くと、彩乃くんは
「……『手習子』の時みたく機嫌損ねたくないからな。」

と言いおいてから、燈子ちゃんに向き直って手をついた。
「山の神の許しも出たので、お引き受けいたします。家元には俺から伝えておきます。でも、痛みがなくなって正座できるようになってからにしぃ。今は他の部分まで傷めてしまうわ。」

山の神……。
またわからない言葉を使われてすぐに文句が言えない。

でも、こんなふうに、燈子ちゃんは芳澤流の日本舞踊を彩乃くんから習うことになった。

「とりあえず、顔洗ってくる。」
彩乃くんがそう言って洗面所へ行った。

「私も着替えてくる。遥香、写真撮るねんろ?義人くん、よろしく。なっちゅん、シャッター押したげて。」
そうお願いすると、既に空いてる楽屋に入り込み、お借りしてるお着物を脱いだ。
どこも汚してへんかな?

彩乃くんの楽屋に戻ると、既に彩乃くんはふだんの顔に戻り、羽二重の紋付きを着ていた。

あれ?セルジュもいない?
……写真撮影なんか興味ないくせに……気を遣われてるのかな。

「昨日は、悪かった。かっこ悪いとこ見せたくなくて、結果的にめっちゃかっこ悪かった。ごめん。」
彩乃くんが仏頂面でそう言った。

顔だけ見てたら全然謝ってるように見えないけど、さっきの舞台で彩乃くんの気持ちは充分伝わってきたから……私は首を横に振った。

「かっこ悪いとか考えんでいいのに。今日の舞台、めっちゃかっこよかったよ。それでいいやん。……私は、彩乃くんのかっこいいとこもかっこ悪いとこも、好きやで。」

そういうと、彩乃くんはまた赤くなった。
「なんか、調子狂うわ。どしたん?昨日から急に。」

「わからん。わからんけど『好き』って言うのも幸せみたい。彩乃くんは舞いで表現してくれるし、私も伝えたくなったんちゃうか?」

そう言って、つつーっと彩乃くんのすぐ隣に座った。