彼は藤娘

扇がひらりひらりと泳ぐと、扇面の小さな四角い金箔たちが鈍く幻想的に輝く。

なるほど、明るいところで見せてもらった時には、なぜこれが「保名」専用なのかよくわからなかった。
けど、舞台でライトを浴びると絶妙に、物憂く映えるのだ。

扇一つとっても、意味があるのだな、とよくわかった。

また会える……そんな願いを込めた一振りの扇。

保名が、赤い小袖を、亡くした恋人のようにかき抱く。

あれは、昨日の私。
確かにあの腕に包まれたのに。

それすら保名の夢幻(ゆめまぼろし)だったのか。

♪よさの泊まりはどこが泊まりぞ 草を敷き寝の肘まくら 肘まくら
 一人明かすぞ 悲しけれ 悲しけれ♪

あんなに幸せだったのに、一瞬だった。
ずっとそばにいたいのに。
独りにさせるつもりなんか、これっぽっちもないのに。

彩乃くんが望むなら、夜通し一緒にいるのに。
望まれるなら、どうなっても、何をされても……受け入れられるのに。

総じて大きな動きのある舞ではない。
舞手によってはむしろ退屈な演目だと思う。
でも彩乃くんはその恵まれた美貌と、内面からあふれ出る強い感情をオーラのように表現できてしまう力を併せ持った稀有な人。
保名の絶望と悲哀、愛しさと喜びと悲しみ、夢と無残に打ち砕かれた希望……観客に沁み入るように伝えられたようだ。

思い入れが有り過ぎて、きゅん死してしまいそうな私だけでなく、周囲みんなが気づけば涙ぐんでいた。

♪そのおもかげに 露ばかり 似た人あらば教えてと
 振りの小袖を身に添えて 狂い乱れて伏し沈む♪

小袖にくるまり、静かに泣いている保名。
うずくまり、涙にくれて……幕。

彩乃くんの保名に、惜しみない拍手が送られた。
商業演劇と違ってカーテンコールがないのが残念なぐらい。

客席が明るくなっても私はさめざめと泣いていた。

「……やばい……マジで男でも抱ける……」
義人くんのため息まじりのことばに、セルジュが天を仰ぐ。
「気持ちはよくわかるけど、それ、彩乃の前で言っちゃだめだよ。」

遥香や奈津菜も感涙してくれてたようだったけど、驚いたのは、燈子ちゃん。
いつもクールなのに、しとどに涙を流していた。
「……はは……くやしい……」

笑い泣きしてるらしい。
「どうしたん?」

「あれ、私やわ。……やられた。くやしい……私も踊りたい……」
そう言って、ぎゅっと両手を握りしめていた。

燈子ちゃん?

イマイチ意味がわからなくてオロオロしてると、セルジュが柔らかく微笑んだ。
「正解。彩乃、言ってたよ。燈子ちゃんの踊りへの情念を参考にした、って。やっぱり本人にはわかるんだね。」

そうやったんや!