幕が開く。
最初に、昨秋師範になられた社中さん達が数曲舞ったあと、名取になられた社中さん達が続く。
……や~、実力差は顕著で、それはそれで興味深い。
遥香は、名取のかたがたになったとたん居眠りし始めた。
何度も合間に義人くんが肩を叩いて起こしてた。
昨日、水屋でご一緒した綺麗なお姉さんは、おきゃんな「手習子」をぴょんぴょん踊ってた。
……下手でも美人はご愛嬌。
幕間に、義人くんが遥香に怒る。
「お前、最前列で寝るなよ!めっちゃ失礼やっちゅうねん!あきちゃんと交替!」
すると遥香はむしろ喜んだ。
「え!ラッキー♪義人の隣~♪」
……義人くん、お守、ご苦労さまです……。
2幕は、教授や幹部さんが数名。
そして、最後は副家元、彩乃くんの「保名(やすな)」。
突き抜けた清元の唸りの中、幕が開くと明るい春の書き割り。
菜の花と桜。
あ、だめだ。
もう涙が出てきた。
私は彩乃くんの登場前からハンカチで涙を押さえた。
チャリーンと揚幕が開き、花道に保名の彩乃くんが出てくる。
場内から賞賛のため息が広がる。
美しい……この世のものとは思えないほどに絶世の美男子な保名だ。
紫の縮緬の鉢巻をひたいに結わえ、長い黒髪を垂らして……うっ……髪を切る前の彩乃くんみたい……月代(さかやき)はもちろんなかったけど。
♪姿もいつか乱れ髪 たがとりあげていう事も♪
匂い立つような美しさなのに、一足一足の歩みの不確かさ、絶望感、何も映していないような空虚な瞳。
天を仰いで、悲しみに打ちひしがれて立ち尽くす姿は、美しいのに青白い情念の炎が見えるようだった。
ふと気づくと、まだ彩乃くんは舞台に到着していないにも関わず泣いているのは私だけではないようだ。
静かなすすり泣きが波のように広がっていた。
♪菜種の畑にくるう蝶 翼交わしてうらやまし
野辺のかげろう春草を 素襖袴に踏みしだき
狂い狂いて 来たりける♪
蝶の仲睦まじさをうらやみ、涙し、ふらふらと追いかける。
美しくも哀れさを誘う繊細なシーン。
夢遊病者のように、空虚な空間を目で追いさまよう。
半分肩からずり落ちた小袖に頼りなさと色気が倍増し、胸がきゅんきゅんしてくる。
彩乃くんがただ一人苦しんでいることを見せつけられているようだ。
そんなつもりはなかったのに。
いつだって、彩乃くんのそばにいたいのに。
ずっと見つめていたいのに。
「なんじゃ、恋人がそこへいた どれ、どれどれ」
え!?
保名の台詞……彩乃くん、めっちゃ私を見て言った!
マジか!
お稽古の時と、方向違ってる!
私は、目を見開いて硬直してしまった。
客席に居ながらにして、舞台に引きずり上げられてしまった気分。
「えぇ、また嘘云うか……」
♪あれ あれを今宮の……♪
話しかけられたのは確かに私なのに、彩乃くんの保名ははっきりと異次元人。
異世界をさまよう、イっちゃってる目付きに、私はポロポロと涙を落とす。
手を伸ばせば届きそうなぐらい舞台は近いのに。
私はもう彩乃くんの世界に入れないのだろうか。
最初に、昨秋師範になられた社中さん達が数曲舞ったあと、名取になられた社中さん達が続く。
……や~、実力差は顕著で、それはそれで興味深い。
遥香は、名取のかたがたになったとたん居眠りし始めた。
何度も合間に義人くんが肩を叩いて起こしてた。
昨日、水屋でご一緒した綺麗なお姉さんは、おきゃんな「手習子」をぴょんぴょん踊ってた。
……下手でも美人はご愛嬌。
幕間に、義人くんが遥香に怒る。
「お前、最前列で寝るなよ!めっちゃ失礼やっちゅうねん!あきちゃんと交替!」
すると遥香はむしろ喜んだ。
「え!ラッキー♪義人の隣~♪」
……義人くん、お守、ご苦労さまです……。
2幕は、教授や幹部さんが数名。
そして、最後は副家元、彩乃くんの「保名(やすな)」。
突き抜けた清元の唸りの中、幕が開くと明るい春の書き割り。
菜の花と桜。
あ、だめだ。
もう涙が出てきた。
私は彩乃くんの登場前からハンカチで涙を押さえた。
チャリーンと揚幕が開き、花道に保名の彩乃くんが出てくる。
場内から賞賛のため息が広がる。
美しい……この世のものとは思えないほどに絶世の美男子な保名だ。
紫の縮緬の鉢巻をひたいに結わえ、長い黒髪を垂らして……うっ……髪を切る前の彩乃くんみたい……月代(さかやき)はもちろんなかったけど。
♪姿もいつか乱れ髪 たがとりあげていう事も♪
匂い立つような美しさなのに、一足一足の歩みの不確かさ、絶望感、何も映していないような空虚な瞳。
天を仰いで、悲しみに打ちひしがれて立ち尽くす姿は、美しいのに青白い情念の炎が見えるようだった。
ふと気づくと、まだ彩乃くんは舞台に到着していないにも関わず泣いているのは私だけではないようだ。
静かなすすり泣きが波のように広がっていた。
♪菜種の畑にくるう蝶 翼交わしてうらやまし
野辺のかげろう春草を 素襖袴に踏みしだき
狂い狂いて 来たりける♪
蝶の仲睦まじさをうらやみ、涙し、ふらふらと追いかける。
美しくも哀れさを誘う繊細なシーン。
夢遊病者のように、空虚な空間を目で追いさまよう。
半分肩からずり落ちた小袖に頼りなさと色気が倍増し、胸がきゅんきゅんしてくる。
彩乃くんがただ一人苦しんでいることを見せつけられているようだ。
そんなつもりはなかったのに。
いつだって、彩乃くんのそばにいたいのに。
ずっと見つめていたいのに。
「なんじゃ、恋人がそこへいた どれ、どれどれ」
え!?
保名の台詞……彩乃くん、めっちゃ私を見て言った!
マジか!
お稽古の時と、方向違ってる!
私は、目を見開いて硬直してしまった。
客席に居ながらにして、舞台に引きずり上げられてしまった気分。
「えぇ、また嘘云うか……」
♪あれ あれを今宮の……♪
話しかけられたのは確かに私なのに、彩乃くんの保名ははっきりと異次元人。
異世界をさまよう、イっちゃってる目付きに、私はポロポロと涙を落とす。
手を伸ばせば届きそうなぐらい舞台は近いのに。
私はもう彩乃くんの世界に入れないのだろうか。



