彼は藤娘

翌日はお昼過ぎに家を出て、お家元へと向かった。

私の学校は創立記念日でお休みだけど、彩乃くんの学校は平常授業。
でも、彩乃くんは学校を休んで、朝からお家元に詰めている。

今日は、お家元にてお衣装を付けての通し稽古の日。
以前のように自分の出番だけ気にしてればいい立場ではなくなった彩乃くんは、副家元として朝から出演者の指導に当たっているらしい。

春の発表会には、前年に名取や師範の御免状をいただいたばかりの社中さんが出演するということで、秋ほどベテラン揃いではないためトラブルも多そうだ。

お昼に彩乃くんが送信して寄こしたラインは

<まともに扇を扱えないやつに免状出すな>

だった。

……いや、私に怒られても……。

基本的に、地方の社中さん達はそれぞれの師の判断でお免状を申請して、いただく。
芳澤流では名取以上は必ずお家元での審査をしているようだが、それでも審査がゆるいのか。

そういえば、昨秋覗いた時に、若い女性の手踊りがふらふらだったっけ。
彼女でも合格しているとすれば、彩乃くん、これから前途多難だ……。

<板に乗る前に教えてあげられてよかったね。明日までに覚えはるといいねえ。>

そう送ってみたものの、イライラモードの彩乃くんは取りつく島もないから、心配。
お家元がフォローしてくださるといいけど……。

お家元には15時前に到着した。
どのぐらいの人が来られてるかわからないので、発泡スチロールのアイスボックスに小さなチョコアイスをいっぱい買ってって差し入れた。

お庭のつつじが綺麗に咲いていたので、少しだけもらって玄関に活(い)けたお華に足していると、彩乃くんが頭から湯気を出して歩いてきた。

「あき!お茶!」
……なんか、夫婦の会話みたい……てか、今日はじめて顔を合わせたのに、いきなりそれか……いいけどさ。

「彩乃くんにだけ?他のかたがたの分は?」
諦めてそう聞くと、彩乃くんは
「準備してはるからいらん。俺だけでええ。」
と、私の手を引っ張った。

苛ついてるなあ……。

彩乃くんのお部屋でお茶を入れてると、お家元がアイスを持って来てくれた。

「こんにちは。お邪魔しています。」
「はい、こんにちは。これ、明子ちゃんが持ってきてくれはってんて?ありがとう。かんにんえ、気ぃ遣わせて。」
「や~、彩乃くんがえらい熱くなってはるみたいやし、冷たいもんがいいかな、と思いまして。」

そう言って、チラッと彩乃くんを見る。
彩乃くんは、浴衣の胸元をはだけてバタバタと扇子で煽いでいた。

「……これやと一口サイズやしちょうどええわ。10時に棒アイスをお衣装にこぼしてしまった子がいて慌てて染み抜き出して大変やったんよ。」

え……。

予想以上に混乱状態らしいな。