翌朝、登校すると矢沢と笹井が俺の席にやってきた。
「これね、昨日、家に帰ったら、凛子から手紙と一緒に届いてたの」
笹井が俺のもとに届いた物と色違いのアルバムを見せた。矢沢も同じ物を手にしている。
「中には修学旅行の時に撮った写真が貼られていて、手紙には『今まで有難う。残りの高校生活の想い出で、このアルバムをいっぱいにしてください』って、書かれてた。純也と輝君の分も入ってた」
「実は昨日、俺の所にもアルバムと誕生日プレゼントが届いたんだ」
俺は左の手首にはめた腕時計をふたりに見せた。
「そうなんだ!やっぱり凛子、憶えてたんだね。送り状の住所、見た?」
「ああ、東京の文京区千駄木になってたよ。俺、今度の日曜日に行ってみようと思ってる」

俺は日曜日、ゼミが終わってから送り状の住所をたよりに、凛子の家を探しに行った。電車と地下鉄を何本か乗り継ぎ、千代田線の千駄木駅で降りた。残暑の厳しい太陽が照り付ける中、地図を片手に入り組んだ住宅街の路地を延々歩き回った。だが、三十分ほど掛けて辿り着いたその場所は、ただの空き地だった。あの日以来、凛子は俺達の前から完全に姿を消した。

九月二十九日。
放課後俺はひとり試験に臨んだ。
凛子には今日が試験だという事は、予めメールで伝えていた。彼女は東京の空の下で、祈ってくれているのだろうか?
そして二週間後、イギリスから正式な合格通知が送られてきて、俺は無事試験に合格した。俺は真っ先にメールで凛子に報告した。
変わらず彼女からの返信はなかったが、きっと東京の街の何処かで喜んでくれているに違いなかった。
凛子が俺達の前から姿を消してから、約二ヶ月が経とうとしていたが、時が経てば経つほど、彼女への想いは強くなる一方だった。俺は朝の日課を再開し、毎朝、土手に寝転んでは、ひとり凛子への想いに耽るのだった。

やがて秋も深まり、十一月の文化祭がやってきた。
普段、校門はひっそりと目立たぬよう人目に付かぬ場所に佇んでいるが、この日ばかりは『第十二回 聖南学園高校文化祭』という、大きな看板が掲げられ、色とりどりの花で飾られた。
一年生から三年生までの各クラスが、教室で色々な出し物をしたり、校庭いっぱいに屋台を出したりした。俺達3Bは鉄板とテントをレンタルで借り、他の学年やクラスに混じって校庭の一角に、小さなクレープの屋台を構えた。何人か交代で店番をし、その合間を縫って俺達五人は、他の学年の出し物や屋台を見て回った。
「ねぇねぇ、次は2Aのやってるお化け屋敷に行こうよ」
途中、歩きながら矢沢が言い出した。
「マジで!俺は勘弁しとく」
「輝ったら、お化け屋敷、大の苦手なんだから!」
「じゃあ、みんなで行ってくればいいじゃん!」
輝は先程から屋台で買い込んだ菓子を頬張りながら歩いている。
「俺達も去年は、お化け屋敷をやったんだよな、博美」
「そうそう、凄い大盛況だったんだよ!」
「そうなのか、じゃあ、行ってみようぜ」
「えー、俺は絶対に嫌だ」
輝がそう言って駄々をこねながら、校庭の人混みを歩いている時だった。二年生の校舎の影に、ショートボブに薄いベージュのコートを羽織った人影がちらっと見えた。
「凛子…」
気が付くと俺は駆け出していた。彼女は一年生の校舎の方へとゆっくり歩いて行く。人波をかき分け、必死の思いで彼女に追い付き肩を掴んだ。
「凛子!」
彼女がこちらを振り向いた。
「はい?」
彼女はきょとんとして俺の顔を見た。全くの別人だった。
「すみません…知り合いにとても良く似ていたものですから」
彼女はにっこりと笑って、その場から去って行った。
落胆した俺はその場にしゃがみ込んだ。一体何事かと四人が慌てて駆けてきた。
「どうしたんだよ、明彦!」
純也が驚いた様子で俺を覗きこんだ。
「いや、凛子に良く似た人影が見えたもんだからさ、ごめん…」
四人はそんな俺を囲み、暫く黙ったままだった。良く良く考えてみれば、凛子がここにいる筈もなかった。
俺は馬鹿げた感傷にひとり浸った。