翌日は友引だったため、父の通夜は翌々日と決まった。
私は病院から柴田先生に連絡をした。
「先生、小川です。今日は色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「お父さんさんとは、最期に会えたのか?」
「いいえ、間に合いませんでした…」
「そうか、お母さんは大丈夫か?」
「はい、母も私も大丈夫です。先生こそただでさえ修学旅行でお疲れなんですから、お身体に気を付けてください」
「有難う。一週間は忌引きになるから、少しゆっくりできるといいな」
「はい、一週間、お休みさせていただきます」
柴田先生との電話を切ると、次に私は明彦のダイヤルをプッシュした。
「もしもし?凛子、大丈夫か?」
電話機の向こうから、明彦の心配する声が聞こえてきた。
「うん、何とか今のところは」
「そうか、お父さんとは?」
「最期には間に合わなかったの。でも、自分でも思っていたより冷静だから心配しないで」
「分かった。凛子が戻ってくるの、俺、待ってるから」
「有難う。残りの修学旅行、楽しんできて」
「お土産買って行くから、あんまり気を落とすんじゃないぞ」
「大丈夫。もう切るね」
「凛子、俺がいるから安心しろよ」
「うん…」
明彦の言葉を聞いた途端、堰を切ったように涙が溢れた。

電話を終えると、私は母のもとへ戻った。
「凛子、どうしたの?」
「明彦と話したら、何だか急に涙が止まらなくなっちゃって…」
「山口君、何て?」
「俺がいるから、安心しろって」
「そう。山口君、凛子の事がよっぽど好きなのね。ママ、羨ましいわ。ねぇ、凛子、その指輪、山口君に貰ったの?」
母が私の薬指を見て言った。
「うん。昨夜ね、函館の夜景を見ながら、結婚しようって、告白されたの」
「本当に?それで凛子は、何て答えたの?」
「何年でも待ってるわって、答えたわ。実はねお父さんと会う日、私ひとりで会う勇気がなくて、待ち合わせ場所に明彦に付いてきて貰ったの」
「じゃあ、パパ、山口君とも会ったのね?」
「そう、明彦の事、彼なら安心して凛子を任せられそうだって言ってた」
「じゃあ、パパもきっと安心しているわね」
「うん」

父の遺体は二晩、霊安室に安置されることになった。遺体の傍に線香を立て、母と私は父に手を合わせた。
「それでは小沢さん、私達、今日はこれで失礼させていただきます。わざわざご連絡をくださって、有難うございました。何か私達にできる事があれば、遠慮なく仰ってください」
母は深々と頭を下げた。
「いいえ、こんな形でお会いすることになってしまって、本当に何と申し上げたら良いのか…お通夜の詳細は追ってご連絡致します」
「どうぞ宜しくお願いします」
母がそう言って、私達は霊安室を出た。

「ねぇ、凛子、たまには何か美味しい物でも食べて帰ろうか?」
病院の廊下を歩きながら母は言った。
「でも、おばあちゃんと俊、家で待ってるんでしょう?」
「たまにはいいじゃない。何がいい?」
「そうだなー、じゃあ、ラーメンがいい」
「えっ?そんな物でいいの?」
「だって、北海道で食べられなかったんだもの」
「そうね、じゃあ、ラーメン食べに行こう」
私と母は病院の近くのラーメン屋に入った。
「凛子は何にする?」
メニューを見ながら母が聞いた。
「どうしようかなぁ、五目塩ラーメンにしようかな。お母さんは?」
「そうね、ママは、もやしラーメンにしようかしら」
私達はそれぞれにラーメンを注文した。ラーメンが運ばれてくると、私と母はあっという間にたいらげ、スープまで残さず飲み干した。一杯の熱々のラーメンは、今日一日の疲れを癒してくれた。帰りはふたりともくたくただったので、タクシーで家まで帰った。
私は家に着くとさっそく二階へ上がり、本棚の奥からプゥを取り出し、机の上に二匹並べて飾った。

翌々日、東京北区の斎場で父の通夜が行われた。私達一家は四時半頃に会場に着いた。母は小沢さんのもとへ行き、何かを話している様子だった。私は父との思い出のビーチサンダルを持ってきていた。俊太郎を連れて棺の元へ行き、棺の中に眠る父の姿を暫く眺めた。
「ねぇ、これがお父さんなの?」
「そうよ、俊。ちゃんとお父さんの顔を見ておきなさい」
「凛子、お父さんはどんな人だった?」
「とっても優しい人だったわ」
「そっかぁ、俺もお父さんと話したかったなぁ」
俊太郎は棺の中の父を不思議そうな顔で見つめた。私は小沢さんにお願いをして、家から持ってきていたビーチサンダルを棺の中に入れさせて貰った。葬儀は密葬だったため、通夜の弔問客は父の勤めていた出版社の人達が数名訪れたくらいで、ごく地味に執り行われた。