ベイエリアから私達は遊覧船に乗り、函館湾をクルージングした。
私と明彦は海を眺めながら話をした。海風と塩の香りが心地良くふたりを包んだ。
「そういえば、この間、お父さんとはどうだった?」
「会うまではあんなに緊張していたのに、話出したら何でも話せたわ」
「そうか。ずっと気になっていたんだ、じゃあ良かったよ」
「うん。今の奥さんの話までしたわ。奥さんは寡黙な人だけれど、話さなくてもお父さんの事を、何でも分かってくれる人なんだって」
「運命の人って訳か」
「そう、運命の人だったんだろうなって言ってた。お父さん、明彦のことも言ってた」
「何て?」
「彼なら安心して凛子を任せられそうだって。私達が出逢ったのは、運命じゃなくて宿命だって」
「宿命か。実際そうなのかもしれないな。お父さんがそんなふうに言ってくれたなんて、嬉しいよ」
その時、船内を一回りしてくると言っていた、結衣達四人が戻ってきた。
「あー、気持ちよかった!」
「上は風が気持ち良かったよな、結衣」
「うん。もう最高!」
「あっ、見て、イルカだ!」
博美がイルカの群れを発見した。
「何処?あっ、本当だ!輝、みんなで写真撮って」
「オッケー!」

約四十分のクルージングを終えると、次は元町にある旧函館区公会堂を訪れた。
ブルーグレーの外観の洋館に一歩足を踏み入れると、中は明治時代にタイムスリップしたかのようなレトロな空間が広がっていた。
結衣と博美と私の三人は、さっそくレンタルドレスへと着替えた。
結衣は黄色のカクテルドレス、博美は着物に袴、私は臙脂色のイブニングドレスを選んだ。
「じゃーん!どう、似合ってる?ねぇ、二階のホールで写真を撮って貰おうよ」
結衣が始めに衣装室を出た。次に博美と私が続いた。
ドレスが重く私が上手く歩けずにいると、明彦がさりげなくリードをしてくれた。
二階は明治時代に夜毎、舞踏会が繰り広げられていたかのごとく、天井からシャンデリアがぶら下がる豪華な造りになっていた。
三人はあちらこちらで記念撮影をして貰い、その後それぞれのカップルで写真を撮ることになった。
私と明彦は外の美しい景色をバックに、テラスで撮って貰うことにした。
「凛子ちゃん、もっと明彦のほうに寄って!」
「こう?」
「もっとこっち」
明彦が私の腰に手を回した。
三歳の時以来、明彦とふたりで撮る写真だった。

次に私達は市電に揺られ、五稜郭タワーに向かった。
展望台まで上がると、函館山や飛行機の中から見えた津軽海峡、そして大地に輝く星型の五稜郭が一望できた。資料館では五稜郭の歴史や函館戦争に関わった人物の紹介などの展示物を見て回り、ここでは純也と明彦が土方歳三や榎本武揚について熱く語っていた。タワーを降りると土方歳三の像の前で写真撮影をした。
再び市電に乗って函館市外へと戻ると、金森赤レンガ倉庫周辺を散策したり、函館港周辺でアイスクリームを食べたりして集合時刻まで函館の街を満喫した。

午後六時。函館駅に集合。ここからはバスでホテルへと向かう。私は車内、元町の旧函館区公会堂で明彦とふたりで撮って貰った写真をデジタルカメラで見ていた。
「凛子、何を見てるの?」
後ろの席から博美が声を掛けてきた。
「うん?今日、撮った写真を見ていたの」
「それ、山口君とのツーショットの写真じゃない。ちょっと見せて!」
そう言って博美は、私の手からカメラを奪い取った。
「ちょっと、博美ったら!」
「凛子、超可愛い!何だか結婚式の記念写真みたい。ねぇ、見て、純也!この写真ふたりともお似合いよ。私もドレスにすれば良かったな」
「どれどれ、本当だ。小川さんも明彦も良く撮れているな。俺達のは?」
「はい、これ。私も可愛いでしよ?」
車内では各々カメラを見たり、今日一日の話題で盛り上がったりしていた。

三十分ほどでホテルに到着し、結衣と博美と私は鍵を持って部屋に向かった。
それから一時間後に大広間で、四クラス合同で夕食をとった。
夕食は海鮮を中心とした和食で、ボリューム満点だった。私はここでも夕食の写真を撮った。夕食後は各グループで写真撮影が始まった。
「ねぇ、渡辺さんも一緒に写真撮ろうよ」
私は近くにいた朋子に声を掛けた。
「うん。じゃあ、女子だけで写して貰おう!」
柴田先生が座布団の上に肘を突いて横になり、その周りをクラスの女子が皆で取り囲んだ。
「じゃあ、みんな撮るぞ!はい、チーズ」
明彦がシャッターを切った。
写真を取り終わると、朋子が座布団の上に座って話し始めた。
「先生、私こんな日がくるとは思ってもみませんでした。小川さんが私に学校へ戻ろうって言ってくれてなかったら、今、私ここにこうしていることはなかったと思います」
「渡辺さん、ううん、朋子。一緒にこられて良かったね」
「うん、有難う。凛子」
朋子と私は暫くの間、微笑み合った。

その晩、部屋の風呂から上がり三人でテレビを観ていると、部屋をノックする音が聞こえた。
博美がドアを開けると、そこには明彦が立っていた。
「山口君、どうしたの?」
「ちょっと、凛子、出られないかと思って」
私は振り向きドアに駆け寄った。
「どうしたの、明彦?」
「夜景を見に行かないかと思ってさ。門限まで、まだ時間あるし」
「山口君、やるー!凛子、行っておいでよ」
博美が私の肩を軽く叩きながらそう言った。
「十分後にロビーで待ってる」
「分かった。じゃあ、すぐに行くわ。待ってて」
私は急いでスエットから私服に着替えた。
「いいな。凛子、羨ましい。輝なんか絶対もう寝てるに決まってる」
結衣がポテトチップスを頬張りながら、ふくれっ面で言った。
「じゃあ、悪いけどちょっとだけ行ってくるね」
「悪くなんかないよ。山口君とゆっくりしておいで」
そう言って、博美が笑顔で送り出してくれた。
走ってロビーまで行くと、明彦は大きな柱にもたれ掛かり私を待っていた。
「明彦、ごめん。お待たせ!」
「悪かったな、急に呼び出したりして。大丈夫だったか?」
「うん。博美がふたりでゆっくりしておいでって」
「そうか。ホテルの裏にさ、ちょっとした展望台があるんだ」
函館山の上に立つこのホテルの周りからは、函館の夜景が一望できるらしい。
明彦が私の左手を取った。私達はホテルの裏にある展望台へと向かった。
展望台に着くと眼下には一面、函館の夜景が広がっていた。
「わあっ、きれい!まるで宝石箱をひっくり返したみたい」
私達は柵に両肘を突き、暫く函館の夜景を楽しんだ。
「なぁ、凛子。俺、凛子に言っておきたいことがあるんだ」
「どうしたの、改まって」
「凛子、俺と結婚して欲しい」
「えっ?」
「俺、試験に受かったらイギリスへ行くことになるけど、俺の事、日本で待っていてくれないか?」
「………」
あまりの突然な明彦のプロポーズに、私は言葉を失っていた。
明彦はパンツのポケットから、徐に小さな箱を取り出すと、蓋を開けて中身を見せた。
「これ、受け取って欲しいんだ」
箱の中には銀色に光輝く指輪が入っていた。
「わあっ…」
「凛子、指、細いだろ。サイズ、大丈夫かな?」
「こんな指輪、いつ用意してたの?」
「バイト代を貯めて、この間、買ったんだ。安物だけど、今は許してくれ」
そう言って、箱から指輪を取り出すと、明彦は私の左手を取った。
「答えは?」
「勿論、イエスよ!私、何年掛かっても、明彦の事、ずっと待ってる」
「何年掛かるか分からないけど、俺、凛子を必ず迎えにくるから」
ふたりは美しい絵画のような夜景をバックに、固く抱擁をした。幸せだった。