2011年12月24日

運転手に料金を支払うと、土手の少し手前でタクシーを降りた。車中、暖房がきき過ぎていたせいで、シャツの背が幾分か汗ばんでいるのを感じていた。車から降りると、冷たい外気が肌をさし、そのせいで濡れたシャツはすぐにひんやりとなった。
コートのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。煙草は留学中、自然と覚えた。高校卒業と同時に俺は単身、ロンドンへと旅立った。
日本へは休みの度に帰国していたが、この地を訪れるのは実に八年振りのことだった。
高校二年生の一月、俺と凛子は出逢った。
この先にその土手がある。かつてそこで俺達は共に笑い、そして語り合った。
“同志”
その言葉がふたりには一番ふさわしかった。友達でも恋人でもなく、俺達は互いにもっと精神の奥深い部分で繋がっていた。八年もの間、この地を訪れられなったのには理由がある。
怖かったのだ。
俺達が過ごしたその場所が、当時と同じ様相を残しているとは、考えづらかったからである。
しかし、今日彼女に会う前に、どうしても確かめておきたかった。
俺はその場所に佇み、立ち上る紫煙をしばらくぼんやりと眺めていたが、意を決し歩き出した。
土手に差し掛かるに連れ、懐かしさとともに、次第に胸の鼓動が速さを増す。
やがて眼前に広大な土手が広がった。思わず一瞬、息を呑む。その場所は当時と少しも変わってはいなかった。思わず目頭が熱くなる。
かけがえのない場所。
青春のすべて。
俺はゆっくりと目を閉じた。
凛子、今俺はあの日君と出逢ったこの土手にきている。
八年前、君と俺はこの土手で出逢った。お互いそれよりずっと前に出逢っていたことも知らずに。その時のことは今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。君は息を切らせながら走ってくると、土手に寝転んでいた俺に声を掛けたんだ。

「あの、こんな寒い場所でどうしたんですかー?」

すべてはここから始ったんだな、凛子。
君はあの日のことを憶えているかい?
君の真っ直ぐに俺を見つめる視線、純粋無垢なその瞳。俺は君のその瞳に魂を揺さぶられたんだ。
君はどんな時も俺の太陽だった。
凛子、君はいつか言ったね。
俺は君にとっての『流星の人』だと。
君が真昼の太陽なら俺は夜空の流星となって、一生君を守ると決めたんだ。だが、俺は君を守ってやれなかった。指と指の隙間からまるで砂がこぼれ落ちて行くように、俺達がそれまで紡いできた日々は無残にも消え去った。
今日君に会えたなら、もう一度言おう。
俺の太陽よ、永遠にふたりで歩んで行こうと。
その眩い笑顔で俺を包んでくれ。
必ず君を幸せにすると誓うから。