「先生」
「なんですか」
「先生はどうしてご結婚なされないんですか」
わたしはずっと気になっていたことを聞いてみた。
先生はしばらく黙ってから、
「わたしは心の冷たい人間だからです」
と、はっきり言った。
ああ、やっぱりこの人はわたしと似た者同士だ。
恋しくてたまらなくなった。
「それならわたしが温めてあげます」
「それは無理です」
「どうしてですか」
「…暗くならないうちに帰りなさい」
「先生は…先生はわたしと話すとき、いつもこっちを向いてくれないんですね」
先生は何か言いかけ、やっぱり黙ってしまい、やっぱりわたしに背中を向けていた。
あなたは何を考えているの。
あなたは誰をどう思っているの。
あなたはどんな人生を歩んできたの。
どうしてそんなに人を遠ざけるの。
どうして。
「わたしは」
わたしは先生の背中に向かっていう。
もう我慢できなかった。
「わたしは先生のことが好きなんです」
ああ。
ついに言ってしまった。
言ってしまったらもう引き返せないのに。
2度と元には戻れないのに。
心臓がバクバクしている。
「わたしは…その…」
先生は相変わらずこっちに背中を向けている。
「わたしは…先生のことが好きで…でも」
気付くと足元にぽたぽたと雫が溢れていた。
先生は何も言ってくれない。
「ごめんなさい」
わたしはそう言い残し教科室を飛び出した。
闇雲に走って行き着いたのは女子トイレだった。
1人になりたかった。
涙が止まるまでわたしはトイレの中で泣き続けた。
