ヒロインになれない!

既に道路は流れている。
けど、帰りたくない。
京都に帰れば、別々のお家。
淋しい。

私の想いは、口に出さなくても恭兄さまに伝わってしまったのだろうか。
それとも恭兄さまも、同じ気持ちを抱いていたのだろうか。
わからないけれど、車を出す前に恭兄さまが、ぽつりとおっしゃった。
「……このまま東京に帰っちゃおうか。」

私は反射的に恭兄さまを見た。
見つめ合って、どちらからともなく、笑顔になる。
心が通じた、気がした。
……よく考えたら、既に恭兄さまは私に好意を伝えてくださってるわけだし、私の気持ちの問題なのだが。
まだ明確な恋慕は感じてない、と思う。
でも、甘やかされる心地よさを覚えてしまい、離れたくないと強く願っていた。

「駆け落ち?」
笑いながらそう聞くと、恭兄さまは頭を掻いた。

「……状況証拠はそうなっちゃうか。面倒だね。ただ、一緒にいたいだけなのに、ね?」
最後は私の気持ちの度合いを確認しましたね?恭兄さま。

どう返事しようか逡巡した私に、恭兄さまが言葉を畳み掛けるように重ねた。
「明後日、親族で会うことになってるんだ。それが終わったら、東京に帰るよ。由未ちゃんも、一緒に帰ろうか?」

「うん!」
今度は迷わず返事した。

恭兄さまは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
「ありがとう。今はそれで充分だよ。」

……いいの?
何となく、拍子抜け。
兄や和也先輩なら、有無を言わせず押しそうなこのシチュエーションで、恭兄さまは引くのね。

草食系って、こういうこと?
少し進展しそうだったのにな。

……自分で思ってた以上に、私はガッカリしていた。

結局、草木も眠る丑三つ時、恭兄さまのお家に帰り着いた。
御簾戸一枚隔てた隣のお部屋に、恭兄さまがお布団を敷いてくれた。
鍵がかかってるわけでもないのに、戸は微塵も動かなかった。
あんなに眠かったのに、一睡もできないまま、私達は朝を迎えた。

隣の部屋で、恭兄さまもずっと起きていた。
わかっているのに、私達は金縛りにあったかのように身動きできなかった。

朝6時前、明るくなったので起きた。
すぐに隣から声がかかる。
「……散歩でも、行く?」
「うん!」

お布団を畳んでいると、スーッと御簾戸が開いた。
「……ひどい顔してはるわ。」
いかにも寝てないお顔に苦笑して、ついそう言った。

「由未ちゃんは、目の下にくまができてるよ。」
恭兄さまも負けじとそうおっしゃるのが、かわいい。

冷たい井戸の水で顔を洗って、私達は門の外へ出た。
「……行こうか?」

恭兄さまがさりげなく出した手に、当たり前のように自分の手合わせる。
手をつないで歩くことに、違和感も疑問もなくなってきていた。