ヒロインになれない!

その後も、和也先輩は何度もこちらを気にして見ていた。
私は、なるべく先輩を見ないように空を見上げていた。
和也先輩の隣の女性は、その後一度もこっちを見なかった……と思う。
でも、逆にそれがちょっと怖かった。
彼女の華奢な背中に強い意志を感じた気がして。

後半、全く花火を楽しめなかった。
最後の花火が終わると、和也先輩は彼女を引っ張って人ごみを掻き分けて早々に帰って行った。
一応、会釈したけど、先輩はますます険しい顔をしたので、声はかけられなかった。

……普通の、ただの部活の先輩後輩にすら戻れないのか。
椅子にもたれて、ため息をつく。

「……彼?例の……」
遠慮がちに恭兄さまが確認してきた。

「わかりました?妊婦さんをあんなに強引に連れまわしちゃいけませんよね。」

苦笑しながらそう言うと、恭兄さまは眉をひそめた。
「妊娠してるの?それはまた……。」

私は、いつも兄にしているように、恭兄さまの腕にしがみつき頬を擦り付けた。
「未練はありません。ときめきも、胸の痛みも感じません。ただ……挨拶すら交わせへんって、悲しい。好きにならへんかったらよかった。」

恭兄さまは、黙って私の手に自分の手を重ねた。

観覧席の撤去と清掃が始まった。
「行こうか。」
恭兄さまが、私の手を取って立たせてくれた。

だいぶ人は減っているけど、道路はまだまだ渋滞している。

「少し浜辺を歩く?」
「うん。」

恭兄さまは私の手を握ったまま、放さなかった。
潮風と汗で身体中の毛穴が閉塞感でいっぱいなのに、繋いだ手だけが心地よかった。

「……人工的な浜と海と島だね。」
恭兄さまの感想に私も頷いた。
「ここは特にそうですね。須磨まで行くと視界が開けるんですけどね。まあ、須磨の砂浜もよそから運んで足してはるけど。」

「……須磨……舞子……覚えてるよ。昔行ったことがある。祖父の別荘が塩屋にあって。祖父が亡くなった時に手放したけどね。」
恭兄さまが懐かしい目をした。
さすが旧華族。

「洋館でした?日本家屋?」
現存する別荘を見て回ったこともあるので聞いてみた。

「もちろん日本家屋。当家は保守的でね。」
恭兄さまは、珍しく天花寺(てんげいじ)家のことを語ってらっしゃった。
私を気遣ってらっしゃるのが痛いほど伝わってきた。

日付が変わっても、私達は熱帯夜の海風を体に受けて話し続けた。
途中で寝落ちしかけたけど、また虫に刺されたら大変!

「海辺だし蚊はいないんじゃない?」
と呑気な恭兄さまを
「もっと怖い蚋(ぶよ)がいますよ!水脹れできて大変なんですから!」
と、引っ張って、兄の車に戻った。