ヒロインになれない!

……いい香りがする。
香ばしい……おだし?

お鍋は洗って片づけてあるし、冷蔵庫の中にもそれらしきものはない。

でもごみ箱を開けると、昆布・鯖節・鰹節・椎茸が捨てられていた。

もう一度冷蔵庫を確認して、私はちょっと悲しくなった。
たぶん、彼女は、お昼にお素麺を準備しようとしてはったんだと思う。
市販のめんつゆじゃなくて、ちゃんとおだしを取って……化学調味料も入れてたっぽいけど。

もったいないな。
恭兄さまが、ちゃんと納豆とか化学調味料は苦手ってことさえ伝えれば、美味しいお食事作ってくれはりそうやのに。

さっき出してくれはったお茶一つとっても、きっちりしてはるってわかるのに。
私にもお料理の手間はわかるので、ますます悲しくなってしまった。

結局材料がそろっているので、お素麺の準備をした。
さすがに氷は買ってらっしゃらなかったので、あまり冷やせなかったけど。

……普通に家庭で製氷する時は水道水をそのまま用いないと雑菌が繁殖しやすいのだが、何
せ、恭兄さまは水道の塩素臭も嫌がるめんどくさい御仁。
氷は、市販のロックアイスを常備、だ。

そういえば、むか~し、氷で玉露を入れてくれはった時も、 製氷機のキューブじゃなくて、大きい透き通った氷やったなあ、と懐かしく思い出す。

薬味には、定番のお葱と生姜のほかに、刻み海苔・青紫蘇・煎り胡麻・山椒の葉・みょうが・塩昆布・梅干しを叩いたものを用意した。

準備が整ったところで2人を呼びに行ったけど、先ほどの応接室にいない?
お座敷にもいない。
お庭?
暗い廊下を進むと、隠し部屋のように小さな茶室から2人の声が聞こえてきた。
お仕事の話?

きな臭さを感じながら、私は咳払いして、2人に声をかけた。
「お素麺、湯がいたよ。内緒話、まだ続く?」
普通より細い襖がすっと開いて、兄が顔を出した。
この茶室は御簾戸に替えないまま夏を越すのかな。

「なんや?由未も混ざりたいんか?」
「義人くん!」
恭兄さまが、鋭く兄を止める。

でも兄は気にする様子もなく、立ち上がった。
「由未にはさわりだけ話しました。食事しながら、続きを話してやってください。」

兄がスタスタ行ってしまってから、恭兄さまはため息をついて立ち上がった。