ヒロインになれない!

「ずっと書いてたよ。」

ああ、やっぱり……。
「お食事、お口に合わないんですか?」

恭兄さまは、首をかしげた。
「どうかな?」

「一口も召し上がってないんですか!?」
作ってくれた人に失礼じゃないですか!

恭兄さまは、不満そうに口を開く。
「夕べのお料理はいただいたよ。」
それは、もともとお好きな料亭の仕出しやからでしょ?

「今朝とお昼の話をしてるんですけど……」

私に詰め寄られ、恭兄さまは諦めて吐露した。
「……早朝から手の込んだ一流旅館のような朝食を準備してくださったんだけどね……納豆の小鉢があってね……」

「はあ。」

「臭(にお)いが、僕には合わなくて、何も食べられなくなってしまったんだ。」

「はあ?」

「昼食のお膳には納豆はなかったんだけどね、冷蔵庫に納豆があると思うと、全てのお料理と食材に納豆の臭いがそこはかとなくついてしまってるような気がして……」

……いやいやいや。
そんなわけないから。
絶対、気のせいですから。

「お手伝いのかたは、もう、いらっしゃらないんですか?」
「うん、今夜は由未ちゃんのお父さんと外で食べることになってるから、帰っていただいたよ。」

それを聞いて、私はすぐにお台所へと向かった。
大きな冷蔵庫を開けて、恭兄さまの嫌がってらっしゃる納豆の残りを出して、強力脱臭モードボタンを押した。
取り出した納豆は、とりあえずジプロックに入れて、うちに持ち帰ることにする。

「おにぎりでも作りましょうかー?」

遠巻きに眺めてた恭兄さまにそう聞くと、うれしそうに頷かれた。
……やっぱり、来てよかった。
ご飯を浸(か)しながら、私はこっそりため息をついた。

夕刻、父の来る前に、私は恭兄さまのお家を辞去した。

帰宅すると、既に兄も帰ってた。
「恭匡さんのとこに行ってたやろ?」
やっぱり、バレバレなんやね。

「うん。……私、恭兄さまをほっとけへんわ。今日、食事してはらへんかった……」
涙がこみ上げてくる。
「何であんなにめんどくさい人ねんろう。いい大人やのに。」

兄は、私の目尻の涙を親指で拭きながら言った。
「恭匡さんは、子供の時から大人やったで。俺らと違って、食事だけじゃなく何に対しても好き嫌いを口に出さへんように育てられはっただけや。」

……そうか?
「和菓子とかお茶とかやたらこだわったはったで?」

昔のことを思い出してそう言うと、兄は苦笑した。
「あのな、それ、ほんまに特別なことなんやで。あの人は、今でも、好き嫌いも自分の意見も表に出さはらへんで。……本音で話さはるんは、由未にだけや。」

「え……」