ヒロインになれない!

恭兄さまが、そっと、ハンカチをあててくださる。

「あ……ほら、蛍。」
恭兄さまの言葉に、慌てて私はハンカチで目元をぐしぐしと拭い、頭を上げて、目をこらす。

ひとつのかすかな光が、すいーっと横に流れて、消えて、また光る。

「まだ早いと思ってたけど、ラッキーだったね。」
恭兄さまの声が弾む。

「……綺麗……」
また、涙がこみ上げてくる。

「……うん。綺麗だ。」
暗くても、恭兄さまが私を見てそう言ってくれたのはよくわかった。

私は恥ずかしくなって、うつむいた。
恭兄さまの手が、ためらいがちに伸びてきて、そっと私の肩に触れた。
腫れ物に触るように、優しくて温かい。

私はまた、ほろほろ、涙をこぼす。
恭兄さまのハンカチを握り締めて、泣き続けた。

蛍の光が涙に滲んで見える。
鬱蒼とした谷なのに、湿った土も、せせらぎも、私に優しかった。

恭兄さまは黙ってずっと寄り添ってくださっていた。
私は、泣き疲れて、そのまま眠ってしまった。
恭兄さまの肩にもたれて。


……かゆい。
腕がかゆい。
足もかゆい。
顔もかゆい。

かゆい、かゆい、かゆい!

「クシュン!」
……すぐそばで、小さなくしゃみがした。

目を開けると、恭兄さまが震えていた。

既に、夜がうっすらと白んできた。

「あ……おはよう。ごめん、起こした?」
「かゆっ!なに!?朝?マジで?かゆいって!」

慌てて自分の腕や足を確認すると、あちこちを藪蚊に刺されたらしく、腫れていた。
「蚊にかまれたー!かゆいー!」

掻きむしろうとしたけど、両手首を恭兄さまに捕まれた。

「掻くとますますかゆくなるから。お薬買って塗るまで我慢して。」

いや、無理やし。
かゆいのよー!
私たちは、小走りで下流に移動し、階段を上がった。
車に乗り込み、一番近くのコンビニに駆け込んだ恭兄さまが、かゆみ止めのお薬を買ってきてくれる。
私は、ぐしぐしと泣きじゃくって、恭兄さまにお薬を塗ってもらった。

てか!
一緒にいたのに、何で私だけいっぱい蚊に刺されてるの?
恭兄さまは、一カ所も刺されてない!

……その代わり、明らかに熱を出してらした。

寝てしまった私が風邪ひかないように、恭兄さまはご自分のカーディガンを私に羽織らせて抱きしめてくださっていたらしい。

いやいやいやいや!
起こそうよ!
帰ろうよ!
せめて、車に避難しようよ!

……ロマンティストな恭兄さまは、一晩中、私の寝顔と蛍を見てたそうだ。

そりゃ、風邪もひけば、蚊にも刺されるって。

この人は、ほんまに……。