ヒロインになれない!

「いただきます。」
うれしそうに恭兄さまが手を合わせてから、お箸を取る。

一連の動作が全て美しく、私は毎度見とれてしまう。
どんなお魚でも、骨付き鶏でも、きれいに召し上がられるのだが、鮎は?

私自身は頭から全て食べる!と、教わったので、いつも通りもぐもぐと豪快にいった。
心地よい苦みが美味しい。

恭兄さまは、お箸をスッスッと器用に使って、左手を使うことなくヒレをはずして、頭部と骨を残して身と内臓を全て召し上がられた。

「……日本酒が欲しくなるね。」
そう言いながらも、恭兄さまがお酒を飲まれてるところを私だまだ見たことがない。

「独りで飲むほど好きじゃないから。」と言われているが、本当のところは、どうやら私が20歳になるのを待ってらっしゃるような気がする。

多くを語られないけれど、そんな風に、恭兄さまが私を大事に考えてくださっていることは、一緒に生活していれば日々実感する。

さっき駅で、恭兄さまが泣いてらして見えたのも……見間違えじゃないだろう。
いつも私の感情に寄り添ってくださっていることに、私はちゃんと気づいていた。
そして、そんな恭兄さまの優しさに、無意識に甘えていた。

恭兄さまとの穏やかな時間は、私にとっても、大事なものになっていた。
……特に今日のように、不安でしょうがない夜には……。


その夜、和也先輩からは何の連絡もなかった。
翌日も、その翌日も、その次の日も。

おとなしく待っとけ、と言われた手前、何もできなかったけれど、私は不安に押しつぶされそうだった。
日ごとに沈む私に対して、事情を知っている知織ちゃんも、何も知らない恭(きょう)兄さまも、とても優しかった。
他に知人もいない東京で、私が心を病まなかったのは、偏(ひとえ)に2人のおかげだと思う。
その時も、その先も……。


和也先輩から、やっと連絡が入ったのは、一週間後。
放課後、図書室でお勉強してる時に、着信があった。
私は慌てて廊下に出て、電話に出た。

「もしもし?」

……口から心臓が飛び出てきそう。
立ち止まっていられず、階段を降りて、中庭へと出た。
紫陽花の茂みの中に入りこみ、制服が汚れることも気にせず座り込んだ。

『……俺。今、いいか?』
和也先輩の声は、低くかすれていた。
声のトーンだけでも、いい内容じゃないことを察することができた。

「うん。」

……「ずっと待ってた」と恨み言をぶつけることも、「電話をくれてうれしい」と甘えることもできない雰囲気に、私はただ先輩の次の言葉を待った。

しばらくして、和也先輩が言った。
『ごめん。由未とつきあえんくなった。……ほんまに、ごめん。』

予想はしてたけど、一番聞きたくない言葉だった。