ヒロインになれない!

せっかくなので、お雑煮と鯛茶漬けは、お座敷でいただいた。

恭兄さまが、代々伝わるという本漆塗りの立派なお椀を出してくださったので、ものすごく立派に見えた。
お味も、お気に召したようだ。

「……ああ……いい香りだ。……美味しい!由未ちゃんにこんな特技があったとは。……お正月が来た、ってやっと実感したよ。ありがとう。」

手放しに褒めてもらって、私は気恥ずかしいけど、うれしかった。
「特技、なんて。恥ずかしいです。もっと手早くできるはずなのに、私、手際がまだまだ悪くて。」

マサコさんには遠く及ばないし、兄にも、セルジュにも負けてるのが実情だ。

「でもこのすぐきは……ダメでしたね。うーん、やっぱり上賀茂で買わんとあかんなあ。」

明らかに薬臭い。
葉っぱなんか、食べられたもんじゃない。
……まあ、農家さんの「むろ」で発酵させたナチュラルなすぐきは日持ちもしないから、こうして遠方で売るならしょうがない措置なのだろうけど。

食後の後片付けはさせてもらえなかった。

「せっかくお正月に来てくれたんだから、書き初めしよう。」
と、恭兄さまのお仕事部屋に引っ張られた。

広い窓に向かって長い文机が置いてある。
窓の向こうは緑の前栽……だけど、木々の向こうが透けていて正面に玄関が見える。

なるほど、恭兄さまはここで書いてらっしゃる時に来客があれば、インターホンに出なくても誰が来たかわかるんだ。

墨を摺りながら、恭兄さまが仰った。
「由未ちゃんが父の葬儀の時に記帳してくれてた文字、見たよ。」

え?

「何か書いてましたっけ?」

母が実家の住所と名前を書いた横に、私は記名しかしてないはずだが。

「名前。」
そう言って、にっこりと恭兄さまが微笑んだ。
「我が家の書き方だったよ。昔、一緒に書いた半紙を見て練習してくれたのかな、って……うれしかったよ。」

あ!
思い当たる節がありすぎて、私は驚いた。
その通りだ。
私は、お習字の授業の前には、予習として、必ずあの時恭兄さまに書いていただいた自分の名前を練習してきた。

「確かに、ずっと何度も練習してました。でも、流派によって、そんなに違うものなんですか?」
「そうだね。やっぱり特徴はあるよ。うちは世尊時流から派生したから、行成の手蹟(て)に近いかな。」

藤原行成と言えば、枕草子に出てくる公達で、藤原道長に重用された政治家で、三蹟に挙げられる能書家。
愛妻家とも言われてて好印象だったのだが……そっか~、恭兄さまのお家はその流れなのか~。

身近に感じられて、何だかうれしくなってくる。