ヒロインになれない!

私は、ハンカチをそっと、恭兄さまの目の下にあてて、涙を吸わせた。
「……心の汗って、昔、教わりましたね。」

そう言うと、恭兄さまは、ふっと笑った。
「どうやって慰めてあげればいいのかわからなくてね……当時、再放送で昔のドラマを見てたから、つい言ったんだろうね。」

「いい例えやと思いますよ。汗をかいて体が代謝するように、泣くと心がリフレッシュするし。」

私はハンカチ越しに恭兄さまの頬に触れた。
頬骨が出て、こけてしまって、痛々しい。
いわゆる今風のイケメンではないけど、整ったお上品なお顔立ちで素敵やのに、痩せるというより、やつれてしまわれて、不憫過ぎる。

「恭兄さま。私、お腹がすきました。ご一緒にランチに参りませんか?」

恭兄さまは、キョトンとされた。
「あ……そんな時間なんだね。新宿か銀座に出るかい?」

「うーん、近くでいいですよ?普段恭兄さまが行きつけてらっしゃるところ。何でもいいし。」

恭兄さまは、困った表情をされた。
「……もしかして、外食しはりません?」

「口に合わないから。」

子供か!!
「今までどうしてらしたんですか?」

少し呆れたけど、ふと疑問が湧き上がる。
昔あんなにも、和菓子に詳しかったのに?
食べることに興味がないわけないよね?

恭兄さまは、ちょっと逡巡してらしたけど、私がじっと返事を待ったので、諦めて口を開かれた。
「両親が京都暮らしが長かったから、僕も京都のお料理で育ってね。東京では、水からダメなんだ。」

は?

「中学の途中から高校卒業までは北海道だったから、味付けはともかく、水と素材の良さで、何とか口に入れられるんだけどね。」

……それで、あの冷蔵庫の中身、ですか。

私は、頭を抱えた。

恭兄さまを、このまま京都に無理やり連れて行こうか。
それか、セルジュん家(ち)のマサコさんのお料理なら食べられはるかも?

……どちらも現実的じゃない、か。
ええい、仕方ない。

「わかりました。スーパーに買物に行きましょう。私が作ります!」

恭兄さまは、返答に窮してらした。

「お水も買うので!お米や調味料も。ご一緒にお願いします。」

恭兄さまは、かなり嫌そうだったけど、私の気合いに負けられたようだ。
「じゃ、車を出すよ。」
と、諦めて連れてってくださった。

いわゆる高級スーパーに行ってもらい、六甲の水、近江米、ヒガシマルの薄口醤油、利尻昆布、本枯れ鰹節の削り節などなど、マサコさんの必需品を揃えてく。