「お父上を亡くされて以来、お父さんも、俺も何度もお伺いしてるんやけど、1人やとまともに食ってはらへんみたいで。」
「え?……落ち込んではるん?」

葬儀の時の恭兄さまの涙を思い出した。

兄は、苦笑した。
「いや。俺らに対しては何も変わらはらへんし、以前通り、書のお仕事もされてる。当主としての勤めも立派に果たしてらっしゃる。でも、痛々しいんや……張り詰めてはって。」

母も、ふーっとため息をついて、言葉を継いだ。
「信頼できる人を遣って、お身の回りのお世話を頼んでも、恭匡(やすまさ)さまは、ご自分のお部屋以外のお掃除だけでいい、と仰るらしくて。せめてお食事だけでもちゃんと召し上がっていただけないと心配で……。」

よくわからないけれど、わからないながらも、両親も兄も、本気で恭兄さまを心配していることはわかった。
でも、それと私と何の関係が……って……まさか……。

「もしかして、私に恭兄さまのお家の家事をしろってこと?」

私がそう聞くと、母が声を出して笑い、兄も笑いをこらえて言った。
「そんなわけないやろ。プロの家政婦さんがさせてもらえへんのに。由未は、今までと同じように、好き勝手暮らせばいいから。ただ、朝食と夕食は、恭匡さんと一緒に食べてほしい。それだけでも安心やから。」

なんだ。
そんなことなら簡単やん。

「……お父上が亡くなられてもな、恭匡さん、全く泣かはらへんかったんや。ずっと。」
兄の言葉に首をかしげる。

「泣いてはったよ?涙こぼれてはったで?」
「うん。由未のお焼香の時やろ。俺も見た。びっくりしたわ。俺ら、精進落としまで、ずっとそばでお手伝いしてたけど、あの時だけやったわ。」

……そうなん?

「昔からそうやったやん?恭匡さん、どうも、由未には心を許せるんちゃうかな。」

兄にそう言われて、私は、う~んと考え込む。
昔から、って言っても、2回しか逢ってないのに?
優しくしてくれてはった、とは思うけど……。

「……役に立てへんくても、いいの?」
私自身、葬儀の時に恭兄さまとお話できなかったことを気にしていたので、心が動いた。

母と兄は、ほっとしたようだ。
「役に立とう、なんて考えんでもいいし。由未は、知織ちゃんといっぱい遊んで、和也くんの応援しとったらええから。」

「……わかった。じゃ、東京、行く。」
丸め込まれてるなあ、とは思ったけど、私は流れに乗ることにした。

したけど、ふと気になったので、聞いてみる。

「でも、和也先輩が東京行くって決まってへんやん?」
関西の大学からスカウトが来たら、そっちを選ぶかもしれない。