ヒロインになれない!

帰りの車内で、私は兄に言ってみた。
「私、和也くんの高校を受験しようかな。どうせ知織ちゃんも東京行ってしまうし。」

兄は、前方を見つめながら笑った。
「神戸に?……言っとくけど、通えへんで。」

「なんで?1時間半ぐらいで行けるんちゃう?」

私がそう聞くと、兄は思いがけないことを言った。
「兵庫県の公立高校は学区制やから、通うなら、家を出なあかんで?」

……学区制?
何?それ。

「神戸市内に住めばいいん?」

兄は、首をふった。
「……そう言い出すんちゃうかと思って、ネットで調べたけどな、けっこう限定されるんや。神戸市の東灘区、灘区、中央区、兵庫区の一部、それと、芦屋市。」

芦屋!

「セルジュん家(ち)、芦屋やん!あそこ、お部屋もいっぱい空いてるよねえ?」

兄は、声を出して笑った。
「……それも言うと思ったわ。まあ、セルジュの家なら、お父さんも文句言わんやろ。肝心のセルジュに断られるかもしれんけどな。」

腑に落ちないので
「なんでお父さん、反対しいひんの?」
と聞くと、兄はため息をついた。

「……天下無敵の成功者が、唯一金を積んでも手に入らないもの、が、お父さんのコンプレックスやからな。」

それって……

「……家柄?」
「家柄も、まあ、旧家に婿養子に入ればいいやん。正確には、血ぃ、やな。」
「……血ぃ……」

兄は、苦笑しながら続ける。
「せやし、俺らに、ええとこの子と付き合って、ええとこの子と結婚してほしいんや。無理強いはしはらへんけどな。自然とそうなるように画策してはるやろ?」

私は首をかしげる。
「天花寺(てんげいじ)にわざわざ俺らを連れてったり、今の学校を勧めたんも、そういうことやろ。」

……そうやったんや。
改めて、私は驚いた。

「ほな、セルジュん家(ち)ならいいって言うのも……」
恐る恐る聞いてみるけど、不吉過ぎるので途中でやめてしまった私に、兄は笑った。

「セルジュは、両親とも血統書だけは折り紙付きやからな。あわよくば、って思ってええ相手やろ。」

やめてー!
私は、和也くんに近づきたいのに!
涙目で黙りこくった私に、兄は続けた。

「……とまあ、俺はお父さんにそう示唆して説得したるさかい、由未は、気が済むまで初恋を楽しみぃ。」

私は驚いて兄を見た。
「お父さんを騙すん?」

兄は意味深に笑った。
「いや。それぞれの思惑を尊重するだけや。」

それぞれ……。

「お兄ちゃんにも思惑があるの?」

私がそう聞くと、兄はよそ向きの、極上の笑みを浮かべた。
「もちろん、由未の幸せや。」

……嘘くさっ。