ヒロインになれない!

「お兄ちゃん?」
兄は、忍び足で保健室の先生-夏子さんの背後から近づき、そっと夏子さんの両目を覆った。

……何をじゃれてるねんな。

ちょっとイラッとしながら見てると、夏子さんは全く動じず
「あら、来たの。」
と、涼しい声で言った。

「ちょっとは驚いて~な。」
兄の声は少し甘えてた……ような気がする。

ますます苛つく。

「先生、おはようございます!お兄ちゃん!先、行くで!」
鼻息荒く、私はスタンドへと上がった。

持参した双眼鏡でぐるっと周囲を見て回る。
前の試合が終わり、フィールドに次の試合の選手が出てきた。

……いた!

和也くんは1年生だからか、最後に出てきた。

「ほ~。あれが、由未の初恋の君(きみ)か~。双眼鏡貸して。遠くて全く見えへんわ。」
兄が私から双眼鏡を奪う。

「うん……遠いね。」
でも、これが今の和也くんまでの距離なんだな、とため息をつく。

試合は……よくわからなかった。
昨今のブームのせいか、応援席は盛り上がっている。
が、だだっ広いフィールドに1つのボールを足で取り合って運ぶのって、辛気臭いというか。
狭いコートのバスケや、フィールドが広くてももっと激しくぶつかるアメフトほどの迫力はない気がした。
でも、和也くんはかっこよかった!
双眼鏡でしか見えないけど。
……ゲームがおもしろくない分、和也くんに集中できた、とも言える。

兄は、扇子をパタパタしながら、時折ため息をついて試合を見ていた。

「お兄ちゃん、サッカー、わかる?」
「まあ、普通に。めっちゃ寒いときとめっちゃ暑い時以外は楽しめるで。お父さんからJリーグのチケットももらえるし。」
「……ふうん。私、漫画でルールはわかるけど、まともに試合見たの、はじめて。なんか、迫力ないというか。」

兄は眉をひそめた。
「まあ、高校生やし、しょうがないやろ。それに、あんまりレベル高くないし。和也くんと、ミッドフィルダーのキャプテンはいい動きしてるけど、サッカーはボール回らんと、2人だけじゃどうしようもないしなあ。」

和也くんはいい動き、なんや。
じゃあ、まあ、いいか。

結局、和也くんのチームは負けた。
初戦敗退、だ。
三年生はこれで引退、って言うてはったっけ。
もう虐められはらへんかったら、いいな。

「……ほな、帰ろうか?」
兄が促す。
え?もう?

……そっかあ……せっかくはるばる観に来ても、試合の時間しか見られへんにゃ。
しかも、遠いし。

しょんぼりする私に、兄が言った。
「由未は、サッカー選手としての和也くんが好きなわけじゃないもんな。これから、新人戦とかもあるやろけど。」

「……うん。試合観るだけじゃ、なんか、消化不良。」
兄は、私の頭を撫でた。

じんわりと涙が浮かんでくる。

くすんと鼻をすすって、私は兄の肩に頭を預けた。