「もう~~~。お兄ちゃんには付き合いきれんわ!もう、帰り~。」
「……そうだな。知織ちゃんは、大丈夫だろ。ほな、一緒に帰るで。」
「え?私は待っててあげんと……」

兄は私の額を人差し指で軽く突いた。

「あほやな。せっかくうまくいきそうやのに、第三者がしゃしゃり出たらあかんて。夜にでも電話して聞いたげ。ほな、帰るで。」
私は兄に引っ張られて、帰宅した。

その夜。
20時頃、知織ちゃんの家に電話をした。
うちに泊まらせてしまったので、知織ちゃんのお母さんに引き留めた旨を謝る。
知織ちゃんのお母さんは、家にテレビを置かない、など妙に厳しい一面もあるけれど、基本的には優しい人だ。
『迷惑をかけたんじゃない?ごめんね。次は由未ちゃんがうちに遊びに来てね。』
と、言ってくださり、安堵した。

電話に出た知織ちゃんは、意外としっかりしていた。
『今日はごめんね、由未ちゃん。ずっとほっといて。でも、ありがとうね。』

「ううん、お兄ちゃんと一緒やったし大丈夫。……で、どうやった?ちゃんと連絡先は交換できたんでしょ?」

知織ちゃんは、少し声のトーンを落として、言った。
『由未ちゃん。私、高校は東京の姉妹校に行こうと思う。』

「はあっ!?」
知織ちゃんと対照的に、私は頭から声を出していた。

それって、一条さんの近くに居たい、ってことですか?
マジですか?
何か展開早くないですか?

「知織ちゃん……一条さんと付き合うの?」
『どうかな?私は好きだって言った。』

……はあ。

「一条さんは?」
『私と逢って懐かしい気がしたんやって。で、話してると、私の歳を忘れて対等でいられるんやって。』
「まあ、確かに知織ちゃんはしっかりしてはるけど……。」
『今日ね、暎(はゆる)さん、ほんまは正午過ぎの新幹線で東京に戻る予定やってんて。でも、図書館出た後、博物館に行ったの。常設展を見に。』
「……ああ、あの?知織ちゃんの好きな南宋の仏像?居てはった?」
『ううん、今月はお休みやったみたい。夕方まで博物館でしゃべっててん。来月も来てくれはるねんて。』
知織ちゃんは、すっかり恋する乙女だった。

この時点では、私は知織ちゃんのことが心配だった。
芸能人が気まぐれに若い子をつまみ食いして、ポイ捨てするだけちゃうやろか?って。
知織ちゃんが浮かれれば浮かれるほど、私は不安になった。

でも、どうやら杞憂だったようだ。
半年後、IDEA(イデア)は新曲をリリースした。

「シンデレラ」というその曲は、紛れもなく、知織ちゃんへのピュアなときめきを歌詞にちりばめていた。