コンサート終演後、呆(ほう)けてしまった知織ちゃんを引っ張って、荒井さんのお迎えの車に乗り込む。

「知織ちゃん、今日、うちにお泊まりしよう!お兄ちゃんと対策練ろう!これは、あかんわ!」
「あ……うん……よろしくお願いします……」
「電話電話。お家に電話して。荒井さ~ん、電話貸して~。」

運転手の荒井さんに電話を借りて、知織ちゃんのお家に、うちに泊まる旨の電話をかける。
続いて、家に電話をして、兄の帰宅を確認した。

帰宅後、父と母への挨拶もそこそこに、兄の部屋へ押しかける。
「お兄ちゃん!大変!知織ちゃんの好きになった人って、IDEA(イデア)の一条 暎(はゆる)さんやってん!どうしよう!!」

兄は、
「……それは……確かに……」
と言ってから、スマホで何か操作をし始めた。

「イデアのメンバー、今、祇園で飲んでるらしいわ。押しかけてもいいけど、逆効果やなあ。」
事もなげに一条さんの消息を調べた兄に、私も知織ちゃんも驚いた。

「何でわかるの?」

「……芸能人は目立つしな。」
兄はそう言って、今度はパソコンで何かを調べ始めた。
画面を覗きこむと、一条さんに関する口コミ情報を集約したページだった。

一つ一つをじっくり読んだ兄は、おもむろに口を開いた。
「昔はともかく、今は真面目に音楽やってはるプロミュージシャンやな。30歳。しおりちゃんとは16年差。悪い男じゃないみたいや。むしろ、親切そう……そこにつけ込むか。」

兄は、うーんと考えて、知織ちゃんに冗談っぽく提案した。
「古典的な手やけど、お財布に生徒証入れたのを、一条さんが拾うように、落として帰る?」

それ、タイミングとか難しいよ?

でも知織ちゃんは、真面目そのものの顔でうなずいた。
「それは確かに効果的ですね。わかりました。……暎(はゆる)さんの荷物に紛れ込ませるほうが簡単かな?」

兄は、知織ちゃんの本気に目を細めてうなずいた。
「状況に応じての変更は任せるし。もし連絡先を交換できたら計画中止したらいいし。とりあえずは遠くから見守ってるから。健闘を祈る!」


翌日。
9時半の開館時間に間に合うように、私達は図書館へと向かった。
兄と私は地下1階奥で大型図書を閲覧しているふりをして待機していた。

10時前に、本当に、一条さんがやってきた。
知織ちゃんを見つけると、うれしそうに近づいてきた。
……昨日はともかく、今日は本よりも、知織ちゃんと話すことが目的で来たのは明らかだった。

しばらく様子をうかがっていたが、5分もしないうちに
「出よか。」
と、兄が私を促した。