私、お姫様に嫌われたんだ。
品がない、ってよくわからないけど、すごく嫌そうな顔してはった。
お父さんにお願いされたのに……私、何か、悪いことしてしまったんかなあ。

泣いてることが恥ずかしくて、お兄さんに背を向けて、涙を手で拭いてると、お兄さんが白いハンカチを差し出してくれた。

「これで、汗を拭くといいよ。」

……汗?

確かに、夏だし、お兄さんがすぐそばでたき火してはるし、汗も流れてるけど……汗?

泣いてる女の子に汗を拭け、とハンカチを差し出すお兄さんを理解できず、私は泣きべそのまま振り返った。

するとお兄さんは、黙って、私の涙をご自分の綺麗な白いハンカチで優しく拭ってくれた。

「涙は心の汗、なんだよ。」

お兄さんの言葉は、私には全く意味不明だった。
この人は一体、何が言いたいんだろう?

ぽかーんとしてる私に、お兄さんは
「おいで。」
と言って、今、突っ切ってきたお部屋に入っていった。

よくわからないまま、お兄さんについて、私もお部屋に入る。
お兄さんは、部屋の隅っこに置かれた文机の引き出しから、小さな紙の箱を取り出した。

「どうぞ。」

紙の蓋を開けると、そこには、とても小さなお干菓子(ひがし)がつまっていた。
淡い淡い色彩だが、白と緑とピンク色の小さなお砂糖の塊。

「和菓子、苦手ねん……」
チョコレートか飴ちゃんやったらうれしいのに、と、私はしょんぼりした。

「どうして?」

「……甘ったるいねんもん。あんこも、お干菓子も、おまんじゅうも、甘すぎて、じゃらじゃらしてて、苦手。」
本音と共に、標準語のメッキがどんどん剥がれていく。

お兄さんは、いたずらっ子のようににんまり笑った。
「由未ちゃんは、本当に美味しい和菓子を食べてないんだよ。ほら、これを食べてごらん。」

乗り気のしない私の口の中に、お兄さんは一粒、押し込んだ。

見かけの飄々とした風貌の割に強引で、私は驚いたが、仕方なく咀嚼する……暇もなく、小さなお干菓子は、ほろほろと崩れて溶けた。
ふわりと広がる、心地いい香りと優しい甘さに、私は目を見開いた。

「おいしい!」

驚いた私に、お兄さんは満足そうに言った。
「よかった。本物の和菓子はね、美味しいんだよ。」
「本物と偽物があるの?」

「……この世は偽物だらけだよ。」
お兄さんが悲しそうにそう言った。

やっぱりよくわからない。
わからないけれど、お菓子はおいしかった。

「じゃ、美味しくない和菓子は全部偽物やねんね。わかった~。このお菓子は何て言うの?」

お兄さんは、ふっと笑って、また一つ、私の口の中に入れてくれた。
「気に入ったなら、あげるよ。これは、おいとぽい、だよ。」

また、わからんし!

お兄さんの言うことは、理解できないことばかりなのだが、新たに食べさせてもらった一粒があまりにも美味しくて、うっとりした。