「……甘みが強いのにスッキリしてる……これ、いいですね。」
「お兄ちゃんも?気に入った?私も好きねん!」

恭兄さまは、私のグラスにもついでくれた。
「由未ちゃんも、どうぞ。僕も、好きなんだ。時間がかかる分、旨みがじっくり出るんだろうね。」

3人で玉露に和んでいると、父の秘書の原さんがやってきた。
「失礼します。恭匡(やすまさ)さま、お話が整いましたので四阿(あずまや)へお越しください。」

恭兄さまは、表情を硬化させた。
「そう……。わかった。」

グラスに残った玉露をくいっと呷(あお)ると、恭兄さまは大人びた表情で立ち上がった。
「義人くん、由未ちゃん、またね。」

そう言い残して恭兄さまが去った後、兄は足を伸ばして座り直し、原さんに尋ねた。
「何が決まったん?」

原さんは、曖昧に微笑んで
「私の口からは……。後でお父さまにお聞きください。」
と、言って、恭兄さまの後を追ったようだった。

残された兄と私は、氷が溶けきるまで玉露をすすった。
……粽(ちまき)は……まだ恭兄さまが一口も食べていないので、我慢した。

手持ち無沙汰な兄は、恭兄さまの書道道具をいじりながら口を開いた。
「久しぶりに恭匡(やすまさ)さんとしゃべったけど、やっぱり変わってはるよな。」
「うん……変わってはる……」
「掴み所がないというか、何考えてはるかわからへんというか。」
「うん……わからへん。」
「でも、嫌な人じゃないねんな。真意が見えへんだけで。」
「うん……嫌じゃない。」
兄の言葉に同意しながらも、私は漠然と思っていた。

それでも、恭兄さまの優しさは偽物じゃない、と。
マイペースで強引だけど、私を喜ばせようとしてくれてたことは、幼心(おさなごころ)にも通じていた。


再び、原さんが私達を呼びに来たのは、18時を過ぎていただろうか。
先週のように座敷に行くと、既に父とご当主が楽しそうにお酒を飲んでいた。

しばらくすると、橘のおばさまと百合子姫もいらした。
百合子姫はお洋服を着替えていた。

着席してから、百合子姫がちらっと兄を見ると、兄はにっこりと微笑みを返した。
百合子姫はぱっと赤くなり、うつむいていた。
……これが恋というものだろうか。
私は、百合子姫の豹変ぶりを全く理解できず、ただ呆れるばかりだった。

「ほな、いただきまひょか。」
酔っ払ってご機嫌なご当主の言葉で、お膳をいただきはじめる。

あれ?
恭兄さまがいない。

私がキョロキョロしていることにご当主が気づいてくれた。