「百合子ちゃんはどんどん綺麗にならはるわ。由未と同い年とは思えへん。」

兄の言葉に百合子姫は頬を染めたが、恭兄さまと私は何とも言えない微妙な気分で顔を見合わせた。

「恭匡(やすまさ)さん、俺らもまぜてもらえますか?噂の粽(ちまき)いっぺん食べてみたかったんです。」

「……どうぞ。」

恭兄さまはスッと立ち上がってから兄にそう言って、それから私に手をさしのべた。
私は黙ってその手につかまって、立たせてもらう。
乱れた髪を整えてくれる恭兄さま。

兄もまた、百合子姫に手を差し出したが、百合子姫は真っ赤になって言った。
「私……失礼します……母が……呼んでいますので……。」

確かに、遠くのほうで橘のおばさまが百合子姫を呼んでいた。

「そしたら、あとで。また、夕食の時にな。」
兄は、極上の微笑みで百合子姫の両手を取ってそう言った。

「……はい……」
百合子姫は、さっきとは完全に別人だった。
私の目から見ても、かわいらしく返事をしてから、名残惜しそうに去っていった。

恭兄さまが、頭をかいた。
「百合子が、はじめて、かわいく見えたよ……義人くん、すごいね。」

「……私にも見えた……」

兄は、普段のお兄ちゃんに戻って、にやりと笑った。
「俺がいる時は、いつもあんな感じですわ。でも普段の百合子……さんを知ってますから、気持ち悪くて。めんどくさいことにならへんように、こっちに来るのを控えてたんですけど、妹が虐められたなら何とかせんと、と思って。」

恭兄さまは、ため息をつきながら、兄にも水仙粽(すいせんちまき)を出してくれた。
「どうぞ。……そうか……百合子が義人くんのことをねえ……」

兄は、うれしそうに粽を口に入れた。
「……うまいけど、あっという間になくなってしまいました……」

残った笹を物足りなさそうに見つめてから、兄は顔を上げて恭兄さまに言った。
「百合子さんは、俺が来なくなったことに対する腹立ちを由未にぶつけたんやと思います。せやし次からは俺が来るようにします。妹をかばってくださって、ありがとうございました。」

頭を下げる兄を見て、恭兄さまはちょっと淋しそうにうなずいた。
「そう……。僕はもう東京に帰るけど、百合子は橘の叔母と行動を共にするだろうからしばらくこっちにいるのかも。迷惑かけるね。」

恭兄さまは、おもむろに氷出し玉露を注いで、兄にも手渡した。
「ありがとうございます。いただきます。」

まるで大人がお酒をついでもらった時のように、兄は押し頂いて、口に運んだ。