ヒロインになれない!

「私……ひどいことしてん……逃げるだけでいいのに、わざわざ……副睾丸を踏みにじって……」

これは懺悔だろうか。
こんなこと言ったら、恭兄さまに、ドン引きされてしまうのに。
言うべきことじゃないのに。
心のどこかでそう思いながらも、私の口は止まらなかった。

「……死んではったら、どうしよう……。ううん、生きてはっても……男性機能は……もう、子供
できはらへんとしたら……」
涙で前が見えない。

沓脱石から浅沓を履いて庭に降りてきた恭兄さまが、私をふわりと抱き上げた。
この細い身体にそんな力があったのかと驚く。

「足から血が出てる。無茶しちゃダメだよ。」
恭兄さまはそう言って、縁側に戻り、私をそっと下ろす。
「待ってて。救急箱を持ってくる。」

「いやっ!」
私は恭兄さまの腕にしがみついた。
「独りにせんといて……」
ボロボロと涙をこぼしながらそう言うと、恭兄さまは眉間にきゅっと皺を寄せて、私を抱きしめてくれた。

「大丈夫だから。もう誰も由未ちゃんを傷つけない。」
私は恭兄さまを、発作的に突き飛ばした。

「違う!私が傷つけたんやって!」
恭兄さまは、もう一度私を抱きしめた。

「正当防衛だよ。」
「過剰防衛かもしれへんやん!」
「正当防衛だ。由未ちゃんは、悪くない。」
きっぱりとそう言い切る恭兄さまの声が、私の混乱している頭を静かにおさめる。

私は、今度はゆっくりと恭兄さまの胸から身体をはがす。
「『死んでしまえ』と思いながら、やってん。明確な殺意や。怖いねん。自分が……怖いねん。」

自分の中に、人を殺したいと思う気持ちが生じたことが怖かった。

一度生じた悪意が、殺意が、これから先も出ないとは限らない。

怖い……。

ガタガタと震る私を、恭兄さまはもう一度抱きしめた。
「いいんだよ。殺したいと思って当たり前だ。かまわないから。……由未ちゃんが怖いなら、僕が代わりに殺してあげるから。」

……さすがにそれは……。
いつもながら極端なことをさらっとおっしゃる恭兄さまに、私は驚いて、笑った。
「もう!私のために?人殺しまでするって言うん?」

恭兄さまは笑わなかった。
「あなたを傷つける人に報復することをためらう理由はない。」
……いつもの恭兄さまじゃなかった。

私のことよね?「あなた」って。
恭兄さまから身体を起こし、見つめる。
赤くなった目に強い意志が灯っていた。

「恭兄さま……」
狂気を孕んだ瞳を、私は怖いとは思わなかった。

「……由未ちゃんの心配を取り除いてあげる。加害者は誰も死んでないよ。すぐに病院で手厚い治療を受けたからね。5人中1人だけは今後精子欠乏症になるかもしれない。念のために精子の冷凍保存をしたらしい。今の医学はすごいね。」