ヒロインになれない!

「……ごめん。」
まさかの謝罪の言葉に驚いて目を開けると、恭兄さまが困った顔をしていた。

なんで?

「由未ちゃんの『はい』がかわいくて、歯止め効かなかった。こんなスーパーの駐車場で……」

え?

思わず、キョロキョロとあたりを見回す。
……確かに、幾人かに凝視されていた……わあぁっ!

「ここ、気に入ってたのに、もう恥ずかしくて来られへんね。」
慌てて車を出した恭兄さまにそう言った。

恭兄さまは前方を見つめたまま、私の頭をぐいっと引き寄せて自分の肩にもたれさせた。
「恥ずかしくない。場所を選ばなくて由未ちゃんに悪いと思っただけ。ごめんね。」

きゅんっと、私の胸が疼いた。
いつもいつも、私の思ってる以上に、私のことを想ってくれてる恭兄さま。

早くこの人のものになりたい……。
そんな風に感じるのは、レイプの後遺症だけじゃないと思う。

でも、きっかけにはなったのかな、と思うと複雑な気持ちになった。

帰宅後、すぐに夕食準備にかかった。
メインは、ぐじのお造り。
それから、うちにあった冬瓜を、干しエビやホタテとともにスープにした。
恭兄さまが食べたがった里芋は、半量をおだしで薄味に焚きしめた。
残りは後日、フーテンの寅さんの好きな黒いお醤油味の煮っ転がしにしようと思う。
あとは、ししとうとお茄子とおじゃこの炒め煮。
栗はオーブンで焼き栗にした。

「明日から、登下校は車だからね。」
焼き栗の渋皮をパリパリと剥きながら、恭兄さまが私にそう告げた。

「……お願いします。耳が治るまで、電車も自転車もちょっと怖い気がしてん。ありがとう。」

恭兄さまは、首をふった。
「これからずっと。鼓膜が完治しても、僕が送り迎えするから。」

え……いいの?  
めちゃめちゃうれしい……

私はやっと剥けた栗を恭兄さまのお口へと入れてさしあげた。
美味しそうに咀嚼して味わってから、恭兄さまが言った。
「なんだ。喜んでくれるなら、もっと早く言えばよかった。今まで我慢してたんだ。煩わしいかなって。」

「……私も迷惑かけたらあかんと思ってた。」
どちらからともなく、ほほえみあう。
心が通い合っているのを感じて、私はとても幸せだった。


その夜。
けっこうドキドキしていた私をよそに、恭兄さまはいつも通りお風呂から上がったあと
「おやすみ。」
と挨拶して、自室に入られた。

……あら?
拍子抜けする私。
私が受験生だから?

それとも、身体を気遣ってくれたのかな?
うーん……。
淋しい気もしたけど、まあ、中庭の向こうのお部屋にいらっしゃるから……電気をつけてはる間は御簾戸の隙間からかすかに見えてるし、いっか。

私は自室で勉強しながら、恭兄さまのお部屋を眺めては心を落ち着けた。