ヒロインになれない!

なんで?
……夕べからあんなにも迫るチャンスはあったのに、今さら?

恭兄さま、恋愛もマイペースというか。
心の準備ができてない時ばかりで、心臓に悪いよ。

でも、うれしい。
私は恥ずかしくてずっと俯いていたけど、顔はたぶんにやけてた。
でれでれに溶けてた。

言葉で返せなかったけど、つないだ手に力をこめて、さらにその腕にしがみついた。
精一杯の想いを込めて。

竜安寺から参道を下る。
「ここ……まだあったんだ……」

恭兄さまが懐かしそうに目を細めて見上げたお屋敷は衣笠山を借景に堂々と建っていた。
「さっき言うてはったご親戚のお家ですか?これは……すごいですね。」

門も石垣も土塀も、見越しの松も、贅と趣向を凝らした粋なものだった。
建物は銅を頻用した日本家屋。

「持ち主は変わってるけどね。」
見上げた恭兄さまの表情が歪んだのを見て、私は腕を引っ張った。

「お腹すいた。朝食、どこかでモーニング食べて行きませんか?」
恭兄さまは少し考えて、老舗のベーカリーカフェを挙げた。

車のほうが便利なところなので、私達は一旦路面電車で恭兄さまのお家のガレージに戻り、車で再び出発した。

焼きたてのパンとスープ、コーヒーを楽しんでいるところに、兄から電話が入った。
あと1時間で京都駅に着くらしい。

食事を終えた私達は京都駅へ兄を拾いに行き、ドライバー交代。
恭兄さまをお家へ送り届けてから、兄と私は帰宅した。
……朝帰りでも兄と一緒なので怒られなかった。

が、母に別件でこっぴどく怒られた。
「冷蔵庫に納豆なんか入れんといて~~~!」
……母も納豆の臭いが嫌いなのかと、一瞬マジで驚いた。

聞けば、現在母は、自家製酵母でパンを焼くことにはまっているらしい。
果物や野菜、ハーブを発酵させて酵母の種を作るのだそうだが、今仕込んでいる全ての瓶に納豆菌が繁殖してしまったらしい。
ご、ごめんなさい。
「絶対捨てへんからね。糸引いたパン食べてもらうからね。」
母の言葉に、慌てて兄が取りなした。
「納豆菌は膨らまへんやろ?パンは無理ちゃうか?他の料理に使ったら?カレーとかスープとか、とろみがあっても気にならへん料理。」
さすがお兄ちゃん!

母もそれで納得したらしく、全部ぶちこんで大量にカレーを作る宣言をした。
「じゃあ、当分お昼はカレーね。全部食べてもらうわよ。」

子供の復讐のようにそう言った母に、恐る恐る言った。
「あ、私、明後日東京に帰ります。ごめんなさい。」