「禍福はあざなえる縄のごとし」

この言葉をはじめて見たのは、たぶん少女漫画で……だったと思う。
まだ小さかった私は、深い意味を理解していたわけではないが、ものすごくよくわかった気になっていた。
私にぴったりの言葉なように感じて。


「由未(ゆみ)、っておっしゃるの。品のない子ね。私、あなたとは遊びたくないわ。」
初対面の私に、天花寺(てんげいじ)のお姫様は、そう言い残してスタスタと去ってしまった。

広いけれども古くて暗い天花寺家の離れに一人取り残された私は、しばらく放心状態となった。
父に連れられて、はじめて天花寺家に来たのは、8才の夏休みだった。

どうしよう……。
夕食のお膳が届くまで、天花寺のお姫様と遊んでるように父に頼まれたのに。

父は、ご当主と大事なお話で、お庭の茶室に籠もってしまっている。
私は途方に暮れて、とにかく部屋を出た。

暗い和室を一歩外に出ると、廊下は夏の太陽がとても明るい。
私はほっとして、廊下をそろそろと進む。

誰かいませんか~?
こっちでいいのかな?

私が、玄関のほうへ戻るつもりで進んだ廊下は奥へと伸びていたらしい。
はじめて見る庭の景色と襖や引戸の様子に、さすがに間違えたことに気づいて、私は引き返そうとして、異臭に気づいた。
きょろきょろ見回すと、建物の向こう側から煙が立ち上っている。

火事!?

恐怖心より好奇心の強かった小さな私は、無断ですぐそばの、戸が開いていたお部屋を突っ切って、火元に近づこうとした。

いい香りのする部屋を通り抜けると、小さな荒れたお庭でたき火をしているお兄さんがいた。

こんなに暑いのに、たき火?

古い大きな寝殿造りの邸宅は風が通り抜ける、とはいえ、京都の8月の午後は、ものすごく暑い。
見れば、お兄さん自身も額に汗を光らせて火を見つめていた。

「あつぅ……」
思わず漏らしてしまった私の声を聞いて、お兄さんがこっちを見た。
「……君は?誰?」
さっきのお姫様と同じ、テレビみたいなイントネーションだ。

「竹原由未、です。」
私もつい真似して、いつもの京言葉を意識して押さえて言ってみた。

「ああ、竹原の……」
お兄さんはそう言って、表情を硬くしたが、もう一度私を見て、無理矢理笑顔を作ってくれた。

「ひとりでどうしたの?迷子かい?」

私は、お兄さんを見つめながらこっくりとうなずいた。
「……天花寺のお姫様と遊ぶように言われましたが……」

そこまで言って、私は涙がこみ上げてきた。