幸せは、きっとすぐ傍



「良樹さんっていうんですか」


考えてみれば自己紹介をしていなかったなと、穂夏は何か言いたげな彼を遮って言う。下の名前だけ言うと彼も下の名前だけ教えてくれて、穂夏は確かめるように声に出す。


場に一瞬沈黙が走った。それを待っていたかのように、良樹は言葉を紡いだ。


「……どうして、こんなことするんですか」


予想通りの問いに、穂夏は小さく苦笑する。嗚呼訊かれると思っていた。


だって話したくないと思うし私も話したくないから、その話題は避けたのに。


「……気まぐれ、です」

「気まぐれでここまでしますか」

「今してます」


間髪入れずに問うて来る彼に、間髪入れずに答えを返す。黙り込んだ彼はどこか悲しそうで、穂夏は良樹に寝てください、と優しく言の葉を落とす。


「……聞かないんですか」

「聞きませんよ。その代わり私も言いません」

「……、そうですか」


ぽつり、呟いた彼。大人しく布団に入った良樹はそっと瞳を閉じる。


それを見て穂夏が食器を片そうと立ち上がりかけると────きゅ、と。うっすらと瞼を開いた良樹が、穂夏のシャツの裾を掴んでいた。


「……ここにいて」


沈黙が震えた。


穂夏は何も言わずにその場に腰を下ろす。ふっと吐息を吐いて、良樹は再び瞳を閉じる。そのままそこに座っていると、五分もしないうちに彼は安心したように寝息を立てはじめた。