「茉優さーん、そういえばコーヒー豆とカップの秘密のこと教えてもらいました?」

「あっ、うん」

「びっくりしました?嬉しかった?」

「うーん・・両方」

はにかんで答えると「ですよねー」と笑って返してきた。

「私だってびっくりでしたよ。すっごいひいきっていうか、特別扱い?分かりやすくてもう航くんと笑ってました。それなのに茉優さん、オーナーの気持ちに全然気付かないし。オーナー不憫だなぁって。そしたら茉優さん来なくなっちゃうし。とうとうオーナー失恋?て心配しましたよ」

「・・そうなんだ。ごめんね」

「でも茉優さん、とうとうオーナーに捕まっちゃいましたね」

「え?」

楽しそうに言う樹里ちゃんだったけど、話の方向が変わってしまったような気がして不思議に思う。

私、捕まったの?

首を傾げた私を見て樹里ちゃんは笑った。

「そう、捕まっちゃったんです。大好きな大好きな茉優さんですからね。オーナーってあんな風に冷静に見えるけど、独占欲は強そうだし」

「そうかな?」

「そうですよー!絶対そう!前に会社のお友達連れて来た時だって、やきもちバリバリ焼いてたし」

えー?菊池くんのこと?菊池くんなんかにやきもち焼く?

信じられなくて側で何も言わずに聞いている安藤さんにそっと聞いてみた。

「あの時やきもちなんて焼きました?ただの同僚ですよ?」

「そうですね、一緒にいらして仲が良さそうだったので」

「違います!違います!全然そんなんじゃありません」

焦る私ににっこり笑顔を見せて「大丈夫です、あの時ちゃんと否定してくれたので疑ってませんよ」と言ってくれた。

そんなオーナーを見ながら樹里ちゃんはまたからかった。

「でも独占欲が強いのは否定できませんよね?」

可愛い顔で問い詰める樹里ちゃんに乗っかって、私も安藤さんに確認する。

「そうなんですか?」

「うーん、なるべく気をつけるようにします」

「ほらーやっぱり!」

樹里ちゃんがキャーっと騒いで囃し立てると、安藤さんが言葉を挟んだ。

「でもそれは佐野さんだけにですけどね」

しらっと答えた安藤さんに、それを聞いてキャーキャー喜ぶ樹里ちゃん。

私はただただ顔を赤くするだけだった。

すると樹里ちゃんが「こんな調子だからいつもお店にいてあげた方が喜びますよ」と冗談を言った。

「でもたくさんお客さんいるし、邪魔になっちゃうよ」

謙遜して遠慮すると、「じゃあー、茉優さんもここで働いちゃえばいいのに。そしたらずっと一緒にいられるし、オーナーも大喜びでもっと頑張れますよ」ととんでもない提案をした。

まさか!と謙遜しようとした時、安藤さんが代わりに答えた。

「そうですね。それはもう少ししたらお願いしようと思ってます」

思わぬ言葉に私と樹里ちゃんは同時に「えっ!」っと声に出して驚いた。

それなのに安藤さんだけは至って冷静に、私を見て言った。

「茉優さん、その時はよろしくお願いします」

そう言って微笑んだ。

本気?ん?あれ・・・今名前を呼んだ?

佐野さんじゃなくて、茉優さんって。

ほら、樹里ちゃんも気付いてキャーキャー騒いでいる。

ああ、でもいいな。嬉しい。

安藤さんが茉優さんって呼んでくれた響きがとても優しくて、私の心も優しくなれる。

「はい、よろしくお願いします」

何についてよろしくお願いしますなのか分からないけど、安藤さんにお願いされたらきっと私は何でも承知してしまうのだろうな・・・。

返事をして微笑みあう中、樹里ちゃんのキャーキャーは続いている。

そしてまた安藤さんが私の大好きなコーヒーを淹れてくれた。

「茉優さん、どうぞ」

また安藤さんが名前で呼んでくれる。

「ありがとうございます」

准さん・・・と心の中で呼んでみる。私もそのうち声に出して呼べる日が来るのかな?

恥ずかしくなってカップを手に取りコーヒーを一口飲んだ。

「美味しいです」

声に出して言うと、安藤さんは嬉しそうに微笑んで見せた。

そして自分のマグカップを手に取り、安藤さんもコーヒーを飲む。

今はカウンター越しに眺めるだけだけど、いつか私もこのプレシャスで安藤さんの横に立ち、何かお手伝いができたらいいな。

安藤さん、その日を楽しみに待ってますね。

〈完〉