「学美ちゃんから見て、かず坊はどんな子?」

おかあさんにそう聞かれて、私は少し考えた。
「優しいヒトです。情の深い。それに真面目。人知れず、あんなに努力してるとは、思ってもみませんでした。」

そう答えると、おかあさんはゆっくりうなずいた。
「そやね。……でも1つ抜けてますわ。まあ、学美ちゃんは知らんで当たり前やけど。あの子はな、『淋しい』子ぉなんや。」

淋しい……。
ぼんやりと、何かが見えてきた。
淋しい子。
上総(かずさ)んも、淋しい子。
父親との記憶がない、母親にも甘えられない……淋しい子。
私と同じだ。
……そういや、上総ん、最初の頃、そんなことも言ってたかもしれない。
自分と似てるから、尖ってる私をほっとけない、って。
すっかり忘れてたよ。

「うちとこに入り浸ってたんも、日本舞踊のおっしょさんにベッタリやったんも、自分の居場所が定まらんからや。誰に対しても優しいんも、そうや。」

おもしろいな。
上総んは、淋しいからヒトに優しい。
私は、真逆に、好戦的になった。
……でも論争もコミュニケーションの1つと捉えてたのかもしれない。

「蓬莱屋さんは、どぉしても、かず坊に先代を重ねて考えはるから、あの子の闇をわかってはらへんかったんや。……もちろん、学美ちゃんの闇もな。」
そう言ってから、おかあさんはため息をついて、私に頭を下げた。

びっくりした!

「堪忍(かんにん)え。蓬莱屋さんを恨まんといたげてな。あれはあれで、かず坊によかれと思って、学美ちゃんを牽制しただけなんや。あのヒトも、こんなことになって後悔してはりますわ。言葉が足らんかった、って。何も、学美ちゃんを認めへんつもりはなかったんやで。」

「やだ、頭上げてください。わかってますから。むしろ、蓬莱屋さんなら上総んを守って導いてくださる、って、私も信じてお任せできるんですから。」
慌てておかあさんにそう言うと、おかあさんはあっさりと居直って、満足そうに頷いた。
……ここにも狸(たぬき)がいるわ。

「せやかてなあ、2人ともかず坊の本質をわかってませんねん。あの子ぉは淋しい子ぉです。」
「……はい。」

確かに、孤独なヒトかもしれない。
あの古い広い家のお稽古場で、ひたすら稽古してきた上総んの長い年月を想像した。

「やっと学美ちゃんに心開いたんや、そりゃぁ依存するわ。何があかんの?迷惑か?」

慌てて首を横に振った。
「むしろ、うれしいです。でも、このまま私だけじゃ……いずれ上総んの奥様になるヒトに悪いと思って、つらかったです。」
涙がこみ上げてきた。
泣かないように、ちょっと上を見て耐えた。

おかあさんがため息をついた。
「せやな、結局それやな。学美ちゃんは今時の娘さんにしては根性据わってるけど、普通の家庭のお嬢さんやもんな。妾とか隠し子が当たり前の話なんかしたらあかんな。」

「そうかもしれません。もちろん上総んの出生をさげすむつもりは一切ありません。でも自分が上総んのお母さまのようになれるとも思えませんし、上総んも望んでません。だから、八方ふさがりでした。」

おかあさんの手が伸びてきた。
そっと私の頬に触れた。
流れ落ちた涙を拭ってくださったらしい。