ほとんどパラダイス

夜中に目が覚めた。

峠くんの規則正しい寝息に安心感を覚えるとともに、涙の跡に胸が痛んだ。
今までさんざん峠くんに甘えてきたけれど、今夜はじめて本当の峠くんを知った気がする。
純粋なヒト。
淋しさを埋めるために利用していいヒトじゃない。
峠くんの想いに応えたい。
ちゃんと、私も、峠くんと向き合いたい。
一方的に甘えるんじゃなくて。


「というわけで、峠くんと付き合ってみようかと思うんですけど、いいですよね?」
翌朝、予約も取ってないのに山崎医師の診察に割り込んで、経過と方向性を伝えた。

山崎医師は、笑いをこらえて言った。
「それは、相談ですか?報告ですか?」

「……相談に来たつもりでしたが、報告ですね。」
つい苦笑が漏れた。

山崎医師は、何度か頷いてから言った。
「まあ、自然な流れだと思いますよ。峠くんはイイ子だし。……イイ子過ぎて心配な部分もありますが。てゆーか、紫原さんの最初の彼氏が峠くんだったらよかったのにね。」

どういう意味?
「峠くんならモテても一途な一般人だし、独占できるから?私が不安にならないって意味ですか?」

そう聞くと、山崎医師はちょっと笑った。
「まあ別の問題も生じるでしょうけど、少なくとも中村上総のように将来に悲観的にならなくて済むでしょう。もちろん、どんなに楽観的だろうが別れる時は別れるし、悲観的でも生涯添い遂げるケースもありますが。要は、ご本人次第なんですけどね。」

ややこしいな。
「何か、山崎先生と話してると、いろんな可能性といろんな価値観を示唆されて、自分が狭量なことを思い知らされます。おもしろいけど。」

褒めたつもりなんだけど、山崎医師はため息をついた。
「・・紫原さんはもう大丈夫だね。……ねえ、峠くんの童貞食ったんだろ?それで満足してさ、新たな気持ちで中村上総に向き合ってみる気ない?」

はあ!?
何言ってんの?
「それでも私の担当医ですか?また悪化したらどう責任取ってくれるんですか……てか、やっぱり童貞だったのか……」

山崎医師は、ぐったりと机に突っ伏した。
「女のほうがしぶといからね。君はもう大丈夫でしょ。……一応、中村上総の担当医でもあるんだよ、俺。こっちは、全然ダメ。他の女に逃げるヒトでもないし、誰かさんの影響か飯があんまり食えなくなってるみたいで、大阪の病院を紹介して点滴打ちながら舞台に立ってる。……助けてやってよ。」

……助ける?
私が?
どうやって?

病院から電車を乗り継いで東京駅に向かった。
新幹線に乗る直前に、松尾先生に電話をかけた。
「もしもーし。これから京都に向かいます。」

すると松尾先生は
『これから!?……じゃあ、新大阪で降りて。』
と、指示をしてきた。

「新大阪ですか?わかりました。お出かけ中ですか?」
『今は吉田山よ。中野と出かけるつもりだったんだけど、あまり体調よくなさそうだからキャンセルするつもりだったの。紫原が一緒なら、ちょうどいいわ。中野の代わりに付き合いなさい。』
松尾先生、旦那さまのことを「中野」って名字で呼んでるんだ。
自分だって入籍したら「中野」になるのに。

「はあ。どこ行くんですか?普段着ですけど大丈夫ですか?」
『TシャツGパンとかじゃなきゃいいわ。じゃ、あとで。』

電話を切られてから、自分の格好を見直した。
移動が楽なように、マキシ丈のキャミワンピに長袖の薄いカーディガン。
足元は素足にサンダル。
大丈夫かな?