ほとんどパラダイス

「……上総んの世話になりたくない。」

峠くんは黙って出来上がったスープを出してくれた。

「これは?色はコーンポタージュだけど……香りが違うみたい。」

「うん。牛乳・生クリーム・バターは、まなさん、まだ受け付けないかもしれないから。これは、大麦とレモンと卵。消化もいいし飲みやすいと思って。」

……イロイロ考えてくれてるんだなあ。
ホロリと涙がこぼれた。
「ありがとう。いただきます。」
小さな陶器のスプーンで口に運ぶ。
爽やかな酸味と香ばしさがうま味の中でいいアクセントになっていた。
「美味しい……。このスプーンも、毎回うれしい。いっぱい気遣ってくれて、ありがとう。」

峠くんはため息をついた。
「俺のことより、上総のこと考えてあげたほうがいいと思う。まなさんの気持ち、わからないでもないけど、2人ともつらそう過ぎて見てられない。……上総、蓬莱屋の大旦那にだいぶ怒られたらしい。そんな状態で舞台に上がるな、って。」

……何やってんのよ……もう……。
胸が痛い。
たまらず、頭を抱えた。
「親が死んでも舞台を休めないのが役者でしょ?女にふられたぐらいで、プロ意識足りないんじゃない?……って伝えて。」
感情を押し殺してそう言った。

「自分で伝えたら?」
峠くんはそう言って、窓を指さした。

まさか……。
「上総ん、来てるの?」

「……たぶん。まなさんが倒れてから、上総、家で寝てないらしい。昨日までは病院の待合に居られたけど、今夜からどうするつもりだろ。朝まで周囲を徘徊するのかも。」

……そりゃ、心身ともに参るわ。
私が昏々と寝てる間、上総んは悶々としてたんだ。
「峠くん……どうしよう……。どうすれば、上総んに諦めてもらえる?」
思わず、ぎゅっと峠くんの両腕をを掴んでそう聞いた。

峠くんは本気で困っている。
「どうって……無理ですよ。今のまなさんを、ほっとけるわけない。まなさんが上総なしで元気になって、他の男と付き合って幸せそうにでもならない限り、上総は諦めつかないと思うけど……まなさんも上総以外の男に目がいくとも思えないし……」

「わかった。」
私は峠くんにそう言った。

「わかったって……」

「誰でもいい。別の誰かと付き合ってみる。……失恋には時間薬と男薬。加倉は山崎医師がいるからダメとして、手近なところで、園田氏か坂本氏から試してみる。」
悲しいぐらいマジでそう決意した。

峠くんは憮然とした。
「ダメですよ、そんなの。まなさん、自分を大事にしてください。好きでもない奴と付き合ったって、不幸な奴が1人増えるだけですよ。」

「……つまんないけど、正論ね。でも、付き合ってるうちに好きになれるかもよ?上総んだって、見た目がカッコイイってだけで流されたようなもんだし……」

「だったら!!俺でもいいんじゃないですか!?」
珍しく、峠くんが大きな声でそう言った。

……峠くん?
売り言葉に買い言葉?
本気……じゃないよね?
思わず、峠くんの腕から両手を放した。

逆に峠くんの両手が私の両腕を掴んだ。

「はじめて会った時、まなさん、俺の容姿、褒めてくれましたよね?少なくとも、坂本さんや園田さんよりは、俺のほうが慣れてもらってると思うんですけど。俺じゃ、ダメですか?」

峠くんの目は真剣だった。