ほとんどパラダイス

「何も知らない癖に、わけ知り顔で、いけしゃあしゃあと……むかつく。」
気恥ずかしくて、つい、そう山崎医師を睨んでしまった。

「おや、図星でしたか。」
山崎医師は笑いをこらえたような顔になった。

ため息というより荒い鼻息の後、私は観念した。
「劣等感抱いて当然でしょ。私には私自身以外、何もないんだから。」
……泣きそう。

山崎医師の手が私の肩に置かれた。
「泣いていいんですよ。我慢する必要はありません。でも紫原さんは素敵ですよ。」

「……ゲイに言われてもうれしくない。」
思わずそう憎まれ口をたたく。

でも山崎医師はニッコリ笑って私の耳元で囁いた。
「私は、バイです。」

涙ではなく、笑いがこみあげてきた。
聞こえなかった加倉には悪いけど、私は声を出して笑った。
そのうち、涙が出てきた。
「世界が違う、と思いませんか?」
泣きながら山崎医師にそう聞いた。

「思いません。だって出逢って、お互いに好きになって、ちゃんと愛し合ってるじゃないですか。」
そう言われて、また涙がこぼれた。

山崎医師と加倉が病室を出た後、私は穏やかな気分で眠りについた。
……何も事態は変わらないのに、気持ちが少し楽になっているような気がする。
不思議。

「まなさん。」
峠くんの声が遠くで聞こえる。
目を開けると、峠くんが心配そうに私を見ていた。

「おはよう。もう、夜?あれ?今日は山崎先生、いないの?」

ちょっと峠くんは言いにくそうに口を開いた。
「さっきまでいたんだけど。上総と話してる。あっちもカウンセリングが必要みたい。」

ドクン!と、心臓が跳ね上がった。
ぎゅっと胸を掴んだ。
「カハッ!」
変な音がして、そのまま息が吸えなくなった。
苦しい……。

「まなさん!?」
峠くんが慌ててナースコールを押してくれた。

看護師さんに続いて、山崎医師も駆けつけてくれた。

廊下で、上総んの声がする。
会いたい。
抱きしめてほしい。
……そんな想いに負けてしまいそうで、私は両手で耳をふさいだ。

「気管支喘息の発作ですね。気管支拡張剤。」
……山崎医師の指示で看護師さんが薬を入れてくれた。
あっという間に、楽になった。

「中村上総に会いたい?会いたくない?」
山崎医師が私の目をのぞきこんだ。

会いたいよ。
でも会ってしまったら……拒絶できない。

「会わない。」
そう言うと、山崎医師は肩をすくめて見せてからほほ笑んでくれた。
「わかりました。……そうですね。距離を置いたほうがいいかもしれませんね。」
喪失感よりホッとした。

いつの間にか、いい香りが漂っていた。
香ばしい……。
峠くんがコンロで小鍋を温めていた。
「なぁに?それ。」

「ほんっとに、彼の料理だけには反応してるね。退院して3食作ってもらったら、多少は元気になりそうだ。」
山崎医師はからかうようにそう言った。

けど、峠くんはあっさりと頷いた。
「いいですよ。ココはちょっと通いにくいから夜しか来られないけど、部屋は近いし。」

……そういえばそうだった。
ずっと上総んの家に入り浸ってて、ほとんど帰ってない私の部屋。
いわゆる、スープの冷めない距離かもしれない。