ほとんどパラダイス

「紫原さんは、自分に自信がない、ヒト?」
山崎医師の問いかけに、私も、後ろに控えていた加倉も首を横に振った。

「だよね~。……じゃあヒトを信用しないヒト?」
私は首を傾げたけれど、加倉はこの質問にも首を横に振った。

山崎医師は私達を見て頷いた。
「友達に対しては心を開いてるし、恋人もいる。ご家族は?ご両親との関係は、良好?」

心の中に小さなもやもやが生じる。
「両親は離婚しました。私が性犯罪に遭いかけた時に過剰防衛というか、犯人の目を失明させてしまって……逆恨みで家を放火されました。両親の喧嘩が絶えなくなって、母が家を出ました。父はますます仕事に没頭したので、私は父方の祖母に育てられました。……信用しないのは、ヒトではなく、男女間の愛ですね。」

加倉は絶句してしまったけれど、山崎医師はパチパチと拍手をした。
「すごいすごい。自分でわかってるじゃん。」

「……ええ。わかってます。だから私じゃダメなんです。どんなに上総(かずさ)んが愛してくれても、いつか冷めるなら、役に立たない私に存在価値はない。」

「何?その思い込み!そんなもんじゃないだろ!」
吠える加倉を山崎医師が手で制した。

「……男女間の愛は永遠じゃない?はたしてそれはどうかな?そう決めつけてしまうのはいささか早計な気がするね。」
言葉は違っても、加倉の言ってることと山崎医師の言ってることは、ほぼ同じ意味じゃないか。
おもしろい。
変なところで笑えた。

「激しい恋愛感情はいずれ冷めて落ち着いても、穏やかな愛情は残るんじゃないかな。……てゆーか、実際に見てないけどさ、話を聞く限り、君達の場合は既に共依存関係にあるような気がする。」
山崎医師はそう言ってから、私に笑いかけた。
「中村上総もたいがい参ってるらしいけどさ、紫原さんもそうだろ?自分からふっといて、ひどい状態。ボロボロ。……念のために言っておくけど、化学的流産ではそんな風にならないから。」

そうなの?
こんなに苦しくてつらいのは……そのためじゃなかったの?

押し黙ってしまった私に、山崎医師は優しく言った。
「大丈夫。悩まなくていいですよ。親の離婚がトラウマになるケースは多いけど、根本的に親と子は別人格なんだし同じ運命を辿ることはないから。むしろ相手を尊重し合うことで幸せになれるものだし。……ちなみに、紫原さん、中村上総以外の男とつきあった経験は?」

「……ありません。」

「そっかそっか。はじめての男が役者か。そりゃあつらかったね。」
急に山崎医師の言葉が、ひどく優しく聞こえた。

「つらい……」

言葉の意味を考えていると、加倉が肩をすくめた。

「どこが?上総……さん、めちゃめちゃ優しいし誠実だし、紫原、わがまま放題じゃん。」

山崎医師は呆れたように言った。
「どんなにイイ男でも独り占めできなきゃ、不安だろ。いや、イイ男なら、尚更きついんじゃない?不倫や二股より悪いじゃん。無意味な劣等感に囚われたり、将来に悲観的になったり。ねえ?」

私は唇を噛んだ。
結局そういうことなんだろうな。