ほとんどパラダイス

東京駅から地下鉄をいくつか乗り継ぐ。

上総(かずさ)んの自宅は自由が丘の古い一軒家だった。
一人暮らしなのに、マンションじゃなくて、一軒家?
周辺の商店街同様、何十年も前の建物。
外観は、普通の古い家。
でも中は、一階部分はどーんとぶち抜いた板間しかなかった。
お稽古場のようだ。

「……すごい。まじめに家でもお稽古してるんや。」
上総んは照れくさそうに、二階への階段を進んだ。
「まあ。舞踊会も勉強会もあるから。」
二階は、何となくお洒落な生活空間になっていた。

「じゃあ、ここで待ってて。てか、寝てて。何時になるかわかんないから。」
上総んは、独りで師匠のもとへと向かった。
師匠のご自宅は広尾の高台にあるそうだ。
いわゆる高級住宅街の、立派な一軒家。
中には、さらに広いお稽古場もあるらしい。

……それって、上総んのお父さんのお家、なんだよね。
本妻さんもとっくに亡くなってるらしいけど、娘さん、つまり、上総んの異母姉が相続したわけだ。
どんな人なんだろう。

イロイロ気になって、上総んの書架からアルバムを探してみたけど、見つけられなかった。
昔からかっこよかったのかな。
見たいなぁ。

……それにしても、眠い。
お風呂と上総んの浴衣とベッドを借りて、眠らせてもらった。
上総んはいなくても、上総んの腕に抱かれて眠ってるような気がした。



携帯のアラームで目覚めると、本当に上総んの腕に抱きしめられていた。
「……朝。起きて。新幹線、出るで。」
ぺちぺちと上総んの頬を軽く叩いて起こす。

「ん~~~。起こす時は、優しくキスして。」
まー、甘えたさん!
目を閉じたままだけど、上総んの頬が緩んでる。
キスするまで起きない気らしい。

私は唇はくっつけずに、ペロリと上総んの唇を舐めた。
予想外だったらしく、上総んの目がパチッと開いた。
「……犬に舐められた?もっぺん。」

「もぉ、目ぇ、開いてるがな。はい、起きて起きて。新幹線は待ってくれへんで。」
そう言って、上総んの腕から強引に這い出た。

「何時頃、帰って来たの?」
始発の新幹線に乗り込んでから、おもむろに夕べの話を聞いた。

「ん~と……1時過ぎたかな。」
「だいぶ遅かったのね。……ごめんね、待っててあげなくて。先に寝ちゃって。」
「いや。幸せそうな寝顔に癒やされたよ。涙が出るぐらい、うれしかった。来年、一緒に住まない?」
「やーよ、同棲なんか。それに、上総ん家から学校、遠い気がする。」

そう言うと、上総んはスマホで乗り換え検索して見せた。
「30分かかんないけど?いいじゃん。……あ、同棲じゃなくて、結婚ね。」
サクッとそんなことを言われて、驚いた。
というか、呆れた。

「……出会って2ヶ月たってないけど?」
「時期は関係ないよ。……いや、あるか。早く結婚しておかないと、外野がうるさくなりそうだから。今のうちに入籍して、学美に俺を捕まえててほしい。」
……支えてほしい、んじゃなくて、捕まえてほしい、んだ。

「パッとしないプロポーズね。却下。」
私はそう切り捨てて、早めに話題を変えた。



「それで、どうだったの?師匠。何か仰ってた?」
上総んは、ちょっとむ~っとして、ふてくされたらしい。
「別に。」

あ、むかつく。
私は黙って席を立った。