ほとんどパラダイス

「ありがと。ホッとする。俺、今さら1人ぼっちでさ。参ってたとこ。」

……今さら、1人ぼっち?
この抜擢で、周囲と軋轢が生まれたのだろうか。

「……けっこううまくやってきたつもりだったんだけどな。」
上総(かずさ)んの孤独がヒシヒシと伝わってくる。

あ、いかん。
涙がこみ上げてきた。
つらいのは、上総んなのに。

「代役が、成功しても失敗しても、もう、元には戻らないと思う。上総んは、これから、ますます1人ぼっちになると思う。誰も守ってくれない。……お父さんはとっくにいいひんねんから。」

上っ面だけの慰めなんか意味がない気がした。

「……うん。」
上総んが小さく相槌を打った。

「師匠は、どう言ってるの?」
普通なら、代役をしてくれる役者にお詫びに来るべきだろうけど、今回は弟子。
しかも、先代の隠し子って、ややこしすぎる目の下のたんこぶ。
例え、息子の不始末の尻拭いでも、納得してないんじゃないだろうか。

上総んは、少し躊躇(ためら)ってから言った。
「今夜、報告と、見てもらいに行ってくる。」

今夜!?
終演後に行くの?
明日の開演時間までに、東京まで行って帰ってくるってこと?
……大変だ。

「そう。身体、壊さないか、心配。2日続けてほとんど寝られへんのちゃう?」
そう言いながら、上総んの頬に手を当てた。
もうやつれてる、気がする。

上総んは、じっと私を見つめて言った。
「……一緒に来てくれない?」

は?
私が?
何で?
驚いて、マジマジと上総んを見た。

上総んは私を抱く手に力を込めた。
「学美が来てくれて……いや、学美の声を聞いて、1人じゃないって、思えたから。」

「……甘えてるの?」
そんな風に言われて、うれしくないはずがない。
でも、つい確認してしまう恋愛初心者……ほんと、馬鹿。

「……ごめん。そうみたい。……迷惑?」
上総んの声と瞳が不安そうに揺れた。

ああ……もう……
そんな顔しないで。
何でもしたげるわよ!

「わかった。一緒に往復したげる。新幹線代、出してね?」

着替えも、お金もない。
でも、私は行くと決めた。

上総んはホッとしたらしく、私を抱きしめたまま、ずるずると下がっていき、まるで私にすがっているかのように、床に座り込んだ。
「……ありがと。まじ、助かる。」
「あと、できたら、今日の舞台も見たいんだけど。」
ぐいっと下から手を引かれる。
私も上総んと同じように座った。

「わかった。……どういう立場で、見たい?」
上総んは、私を自分の膝に座らせて、再び抱きしめてそう聞いた。

「どうって……?」
綺麗なお顔が近づいてきて、そっとキスされた。

「一般のお客さんとして、お金を出して1階席で見る?」

首をかしげて、続きを促す。

「俺の個人的な関係者として、1階後方で補助席かパイプ椅子で見る?」
 
個人的って……。
返答につまっていると、上総んは私の髪を撫でた。

「それか、関係者のふりして、二階か三階の空席にこっそり座って見る?案内嬢に何か言われるかもしれないけど。」

……それはちょっと……嫌かも。

要は、お金を出すか出さないか……って判断でいいのかしら。