ほとんどパラダイス

ポロポロと涙をこぼす私に、上総(かずさ)さんは背中をさすりながら新しいおしぼりで涙を拭いてくれた。

でも、松尾教授は目を輝かせて言った。
「そう!それよ!ここぞと言う時は、そうやって泣きなさい!……紫原は、私以上に、媚びるの苦手でしょ?女を武器にできないのなら、せめて、効果的に泣いて見せなさい!それで何とかなるから。」

どこの月影先生だよっ!
まさか、卒論の担当教授に泣き落としの指導を受けるとは思わなかった。
「そんな!計算で泣けません!」

つい勢い余って、上総さんを振りほどいてしまった。
「……あいたた。」
苦笑してる上総さんを無視して、松尾教授に言った。

「てか、私、泣いたことないじゃないですか!泣く前にちゃんと努力して結果を出したいのに!」
「……今、泣いてるじゃないの。もちろん努力はしなさい。自分は努力せず他人を妬む馬鹿を抑えるのには、必要不可欠よ。」
「今は!一緒にいるのが、先生と上総さんだから……。」

そう言ってしまってから、気づいた。
松尾教授が、ものすごーく楽しそうにニヤニヤしてることに。
「ですってよ。上総丈。よくぞこの狂犬を手懐けたわね。ありがとう。紫原、だいぶかわいくなったわ。見た目じゃなくて、心がね。」

上総さんは困ったような顔になった。
「なんか、それじゃ、私は彼女の成長の肥やし、じゃないですか。これでも、本気で好きになってるんですけど。」

「あら、そこはお互い様よ。上総丈こそ、紫原を芸の肥しにしなきゃ。遊んでる割に色気が出ないのは、人間が醒めてるからだと思うわよ。ちゃんと人を好きになれば、おのずと色気が出るものよ。」
あろうことか、松尾教授は上総さんにダメ出ししてる!

「……痛いところをつきますね。」
上総さんは苦笑した。

「伊達に40年歌舞伎を見てないもの。……でも上総丈に色気が出ちゃうと、周囲がほっとかないかもね。」
「ありがたいけど、わずらわしいことですね。」

2人のやりとりを聞きながら、私はぼんやりと今後のことを考えた。
東京に行く?
野田教授の下で研究を進める?

……新たな道を指し示されて、私の頭は忙しく回転し始めた。
学費、下宿代、生活費……さすがに、奨学金とアルバイト必須かも。
父を一人にすると、家に女を連れ込まれそうな気がして、抵抗感もある。
でも、私を育ててくれた祖母も今は鬼籍の人。
そういう意味では、後ろ髪を引くものはない。

……東京……か。

「学美。冷めても、粕汁、最後まで飲むんだよ。残すなよ。」
横から上総さんにそう念押しされ、私は嫌々飲み干した。
満足気な上総さんは、妙にかわいかった。

「……これから、紫原と上総丈がどう変わっていくのか、楽しみね。」
松尾教授は、菩薩のようにそう言った。



お店を出て、松尾教授と別れてから、上総さんのお部屋に連れられた。

「……白いゲロ吐いた。」
無理矢理食べても、私のひ弱な胃はちゃんと消化してくれず……部屋につくなりトイレへダッシュしてリバースした。