上総(かずさ)さんは、1人1人の女の子に対応して、歓談し、求めに応じてサインを書いたり、写真を撮ってあげたり……けっこうな時間をかけて、やっとその場の子達から離れた。
そして歩き出してしばらくして、私達を見つけると、駆け寄って来た。
「あれ?こんなとこで見てらしたんですか。お待たせいたしました、松尾先生。本日はありがとうございました。」
「お疲れ様。チケットありがとう。」
え?
「松尾先生、今日のチケットって、上総さんに取ってもらわはったんですか?」
「そうよ~。1枚でも多く売ったほうが実績になるじゃない。紫原も三階席じゃなくて、バイトして、いいお席を買うたげなさいよ~。」
慌てて上総さんが口を出した。
「先生、お気遣い、ありがとうございます。でも、学美はバイトもう禁止だから。卒論と院試の勉強しながら栄養価の高いものをガッツリ食べなさい。」
……上総さんの言葉に、松尾教授は一瞬キョトンとして、それから高らかに笑った。
「上総さんは、12代目の隠し子なん?」
上総さん行きつけの割烹で、カロリーの高そうなお料理ばかりを食べさせられてすぐにお腹がいっぱいになってしまった私は、暇にまかせてそう聞いた。
次々に出てくるお料理をゆっくりお酒とともに楽しんでいる上総さんと松尾教授は、揃ってフリーズしてしまった。
……あれ?
これって、聞いちゃいけないことだった?
「やあね、紫原、何、言ってるの!もう……」
あたふたしてる松尾教授。
上総さんは、ちょっと周囲を気にして、声をひそめて私に言った。
「……歌舞伎界では暗黙の了解でも、名前が大きすぎるから、小声で頼むよ。」
「暗黙の了解、なんですか。」
松尾教授は、ちょっと拍子抜けしたらしい。
「どう隠しても、顔も声もどんどん似てくるらしいので、仕方ありませんね。」
上総さんは松尾教授にそう苦笑して見せた。
「じゃあ、最後の舞踊で踊ってたヒトは……甥っ子になるの?」
そう聞くと、上総さんはこともなげに言った。
「……血縁上はね。でも、師匠のご子息だから『ぼっちゃん』。」
「ぼっちゃん?……かず坊が、ぼっちゃん……」
思わずそう茶化してしまった。
「学美ちゃん。それ、恥ずかしいから。」
本気で困ってる上総さんが可愛い。
「でも、上総さんって言いにくいから、私もかず坊って呼びたい。」
少しイケズな気分でそう言った。
「紫原~。嫌がってらっしゃるのに、しつこいわよ。『かずさん』でいいじゃない。裏方さん達にそう呼ばれてたわよねえ?」
松尾教授は私を窘めて、上総さんにアピールした。
「そうですね。上からは『かず』、下からは『さん』付けで呼ばれることが多いです。松尾先生は、学美を名字で呼び捨てですが、他の学生さんもそんな風に呼ばれるんですか?」
……あ、話題を変えようとしてる。
「いいえ。普通は女子なら『さん』、男子なら『くん』よ。でも紫原は、『紫原さん』って柄じゃないでしょ?この子、これでも、ものすごく優秀で、くそ生意気で、狂犬みたいな子なのよ。ゼミで何人の学生を泣かしたか。」
「先生!狂犬って!ひどい!……他人の論文丸写しにしてたり、論理が破綻してたり、小学生レベルの文章や見解を、ちゃんと指摘するだけです。」
「ちゃんと、容赦なく、ね。……おかげで、私は楽ちん。紫原が指導してくれるから、私は慰め役でいいもの。」
松尾教授と私のやりとりを見ていた上総さんが、ボソッと言った。
そして歩き出してしばらくして、私達を見つけると、駆け寄って来た。
「あれ?こんなとこで見てらしたんですか。お待たせいたしました、松尾先生。本日はありがとうございました。」
「お疲れ様。チケットありがとう。」
え?
「松尾先生、今日のチケットって、上総さんに取ってもらわはったんですか?」
「そうよ~。1枚でも多く売ったほうが実績になるじゃない。紫原も三階席じゃなくて、バイトして、いいお席を買うたげなさいよ~。」
慌てて上総さんが口を出した。
「先生、お気遣い、ありがとうございます。でも、学美はバイトもう禁止だから。卒論と院試の勉強しながら栄養価の高いものをガッツリ食べなさい。」
……上総さんの言葉に、松尾教授は一瞬キョトンとして、それから高らかに笑った。
「上総さんは、12代目の隠し子なん?」
上総さん行きつけの割烹で、カロリーの高そうなお料理ばかりを食べさせられてすぐにお腹がいっぱいになってしまった私は、暇にまかせてそう聞いた。
次々に出てくるお料理をゆっくりお酒とともに楽しんでいる上総さんと松尾教授は、揃ってフリーズしてしまった。
……あれ?
これって、聞いちゃいけないことだった?
「やあね、紫原、何、言ってるの!もう……」
あたふたしてる松尾教授。
上総さんは、ちょっと周囲を気にして、声をひそめて私に言った。
「……歌舞伎界では暗黙の了解でも、名前が大きすぎるから、小声で頼むよ。」
「暗黙の了解、なんですか。」
松尾教授は、ちょっと拍子抜けしたらしい。
「どう隠しても、顔も声もどんどん似てくるらしいので、仕方ありませんね。」
上総さんは松尾教授にそう苦笑して見せた。
「じゃあ、最後の舞踊で踊ってたヒトは……甥っ子になるの?」
そう聞くと、上総さんはこともなげに言った。
「……血縁上はね。でも、師匠のご子息だから『ぼっちゃん』。」
「ぼっちゃん?……かず坊が、ぼっちゃん……」
思わずそう茶化してしまった。
「学美ちゃん。それ、恥ずかしいから。」
本気で困ってる上総さんが可愛い。
「でも、上総さんって言いにくいから、私もかず坊って呼びたい。」
少しイケズな気分でそう言った。
「紫原~。嫌がってらっしゃるのに、しつこいわよ。『かずさん』でいいじゃない。裏方さん達にそう呼ばれてたわよねえ?」
松尾教授は私を窘めて、上総さんにアピールした。
「そうですね。上からは『かず』、下からは『さん』付けで呼ばれることが多いです。松尾先生は、学美を名字で呼び捨てですが、他の学生さんもそんな風に呼ばれるんですか?」
……あ、話題を変えようとしてる。
「いいえ。普通は女子なら『さん』、男子なら『くん』よ。でも紫原は、『紫原さん』って柄じゃないでしょ?この子、これでも、ものすごく優秀で、くそ生意気で、狂犬みたいな子なのよ。ゼミで何人の学生を泣かしたか。」
「先生!狂犬って!ひどい!……他人の論文丸写しにしてたり、論理が破綻してたり、小学生レベルの文章や見解を、ちゃんと指摘するだけです。」
「ちゃんと、容赦なく、ね。……おかげで、私は楽ちん。紫原が指導してくれるから、私は慰め役でいいもの。」
松尾教授と私のやりとりを見ていた上総さんが、ボソッと言った。



